2014年2月25日火曜日

庭の真ん中でラーさんは叫ぶ  new technology

私たちの会社には1時間の昼休みのほか、午前と午後に15分ずつの小休止があります。
神経を集中させ、目と指先の感覚を生かして製造をするスタッフたちです。
どこかで緊張をほどきリフレッシュしなくては良い仕事は続けられませんから、品質維持、スタッフの健康管理のためにも、こまめな休憩は欠かせません。

さて、その休憩の5分前になると「さあ、あと5分だよー!」と各チームのリーダーが声かけをし、そこで作業は切りの良いところへ一気に向かいます。
そしていよいよ休憩となると「ペンの時間だよー!」とリーダーが再度声をかけ、三々五々庭の東屋、バーンさんの高床の家の周り、ラムヤイの木の下とお気に入りの場所へと出て行き、おやつを食べたり、ハンモックで仮眠をしたり、恋人に電話をするなどして過ごします。
それにしても何故休み時間が「ペンの時間」なんでしょう?

そしてそのオアシスの15分が終わる頃。
「ペンペーン!」の声が。
誰がどうやって決めたのか、誰かがベルの代わりに庭でそう叫び、皆で「よっこいしょ」と、仕事に戻るのがこれまでの常でした。そう。この「ペンペーン!」の叫び声が「ペンの時間」の由来なのです。「ペンペーン」はタイ語でいわゆるベルや鐘の音を表す擬音、オノマトペです。日本語ならばさしずめ「カンカーン」でしょうか。

2週間ほど前、製造マネージャーのジャックさんが「相談があります」と私の机にやってきました。
なんだか、悪い物を食べたようなへんてこな顔をしています。
「どうしたのジャックさん。お腹いたいの? ほらまたおやつ食べ過ぎたんでしょ?」
と私がからかうと「ジャック、違います!」
真に受けて真面目に否定するジャックさん。
こんなところまで生真面目なジャックさん。ああ、なんて可愛い人なんだろう。
ちょっと、悪いオヤジのような気分になってで私は心の中でにやけます。

「ごめんごめん。何か心配ごとがあるんでしょ?」
「ラーさんが、喉がちょっぴり痛いんです」
「え?」
「ペンペーンて毎日言うでしょう?」
「ああ、庭が広いし、いろんな所にみんな居るから、大きい声でないといけないものね」
「それに、恥ずかしいって……。」
「あ、わかった!」

いつも休み時間が終わる合図の「ペンペーン」を叫ぶのはガスール製造チームの副リーダーのラーさんで、喉が痛いというのは実は風邪が原因でどうやら口実。
本音は毎日大声を張り上げるのは恥ずかしい。それを見かねたジャックさんは別の方法はないだろうか? ということのようでした。

ラーさんは、今でこそ頼りがいのある面倒見の良い副リーダーですが、入社当初は大変な恥ずかしがり屋でした。
誰かに声をかけるだけでも顔を真っ赤になってしまうし、ミーティングでは少しの発言でも大汗をかき、手を握りしめ、こちらまで息苦しくなるくらいに緊張し、失敗をしてしまった時には卒倒したこともあるほど。今でこそ、ジャックさんの辛抱強い勇気づけや、他のリーダーたちとの信頼関係のおかげですっかり成長し、皆の信頼も篤く朝礼での注意など堂々たるもの。かつての恥ずかしがり屋の片鱗は余程のことがない限りもう見えません。

自信も付き、時には豪快に笑いおしゃべりにも興じるラーさんですが、とはいえやはり根は心優しく繊細なラーさんであることは変りません。彼女も妙齢の女性、まして本来タイ人は大声をあげることを好みませんし、更に北タイ人はおっとりさんが多いですから大声での「ペンペーン!」はどうしたって恥ずかしいものに違いありません。
よくよく聞けば、みんな恥ずかしくて、気配りの人のラーさんがつい頻繁にやってしまうという構図だったよう。

「そうだね、あれは誰だって恥ずかしいものね」と、私。
「でも、ブザーとかサイレンもうるさくって嫌でしょう」
と、ジャックさん。
「そうだよねぇ……。うるさいのは嫌かも。かえってやる気もなくなっちゃうかも」
二人でため息。

「ベルは好きじゃないけれど、でもあまりうるさくないのがあるかもしれないし……。ジャックは町へ買い出しに行った時に、なにかカタログを探して来ます」
とジャックさんはいい、もう暫くの間だけラーさんは「ペンペーン!」を頑張ることになりました。

それから数日した夕方。
ラーさんは、相変わらずちょっと恥ずかしそうに叫んでいますが、ジャックさんは現場が忙しいこともあり、いっこうに町へ出かける気配がありません。
昔、失敗をして声を詰まらせて泣いてしまったラーさんを思い出して、私は「ジャックさんに催促を入れなくては……。でも、彼女だって忙しいし、いっそ私が出かけるか」と逡巡していたところ。
「あのね、ニパさんが、ペンペーンの機械を寄付してくれたんです。うふふふふ」
と、ジャックさんが、妙にニヤニヤしながらやってきました。この間の変なものを食べたような顔よりもっと変な顔つきをしています。

ニパさんは備品管理担当(なぜか頂き物のお菓子の分配も彼女が管理)の女性。北タイなまりが強く、それに似合ったのんびりした居ずまいの、熱帯のムーミン一族のような人。家業が果樹園のせいか、時々果物の苗や種をくれたりします。その人が会社に機械を寄付するってどういうことでしょうか。

「機械???」
「すごく良いの。とっても私たちの会社らしいです」
「うーん。サイレンとかうるさい機械が???」
案内されたのは、バーンさんの家の前に立っているラムヤイの大樹の下。
私は目をあげて、木陰にサイレンを探しますがそんなものはどこにも見当たりません。
「スイッチはどこ?」
「スイッチ? スイッチはないけれど……。機械はこれです!」
「ひゃはははは! いい! すーごく良い! 素晴らしい!」

目の前にあったのは、幹にボロ紐で吊るされた小さな錆びた鍬の先。
なんだか心もとなげにぷらんとぶら下がっています。
これがベル。でも柄をつければもちろん庭仕事、畑仕事にも使えます。
そして幹の間には、長さ25cm程の大きな銀色のボルトが置かれています。
これが、鐘を打つハンマーです。

「でしょう! でしょ! 電気も使わないし、とても長持ち! 鐘以外にも色々使えます!」
「うんうん!」
「これもリサイクル!? でしょ? でしょう?」
こうしたとぼけたものが大好きな私たちは二人で、きゃっきゃと大喜びです。

「これでいいですか? 大丈夫ですか?」
騒いでいる私たちのところへ、クオリティコントロールのケッグちゃんまで嬉しそうに近づいて来ます。
「うん。とてもいい!」
「じゃあ、あたし、叩いてみます!」

折しも皆が仕事を終えて掃除にかかる時間。
カンカンカーン!
あたりに、少し甲高い鐘の音が鳴り響きますが、どこかのどかで電気のサイレンやベルのような、緊張を促すような感じはありません。
誰かがそれを打っている様子を想像すると、くすりとしたくなります。

「新技術の導入だね!
「身の丈テクノロジーです」
「本当に私たちの会社にぴったり!」
私たちは滅茶苦茶を言いながら、ケッグちゃんが鐘を打つ様子を眺めたのでした。

そして今日も、折々に件の鐘が鳴ります。
叩く人によって、詰まった音になったり、綺麗に余韻まで聞こえたり、個性がそれぞれ現れます。きっと、皆が交代で鐘を打つことになったのでしょう。
不足があれば、まず身の回りにあるものを工夫し、あるいは自分たちで作り、先の始末を考え、しかし深刻にもなりすぎず、それを愛おしみ楽しむ。
これもそんな工夫のひとつです。(A.H.)