2014年6月25日水曜日

朝礼 - 緊張のひととき  fear and joy waiting on a small table

新人が何人も立て続けに加わり、そのトレーニングによりここ数ヶ月というものは、えも言われぬ緊張感が製造部門の現場に漂っていました。
勤務時間後にも、今最も忙しいガスールチームリーダーのエー・ドイさんやラーさんを筆頭に全部門リーダーたちが集まり、新人たちの成長ぶり、不足とその改善方法の話し合いが小一時間も続くこともしばしばでした。
何故、全部門が集まるかといえば、そこに私たちの会社の製造ポリシーがあるからです。

我が社の製造スタッフにも主に担当する特定の製品があります。しかし特定の製品のみに担当を固定させず、誰もが全ての製品の製造に対応できるようになること、製造に関しては全員がジェネラリストを目指す事が私たちのポリシーです。
故に、現在ガスール製造を主に担当しているメンバーも、石鹸やアルガンクリームの製造の技術を持っていますし、製造計画によっては、普段は石鹸製造をしているチームが、ガスール製造チームやクリーム製造チームに合流することなどもあたりまえです。飛び抜けて技術のあるスタッフは、二つの製造ラインを一日に何度も往復することさえあります。
これは確かに人件費の効率を良くしますが、私たちが重視しているのはそれ以外の事。
例えば万が一問題が発生した場合、誰もが全体を見渡せ、原因を推測し、何が問題か理解し、当事者意識をもって意見を交わせる事は、より根本的な問題解決を目指せるという大変なメリットです。
また、全体を知る事は、自分がその業務の部分であると同時に全体である事を意識し、責任と個人の個性と尊厳をもって業務にあたってもらうことにも繋がります。これも各人の高い業務意識の維持、そして高い品質と技術の維持に関わる大切な原動力です。
そのため、新人たちはまず各製品の全製造工程を総当たりで学び、それにリーダーたちは伴走します。更にリーダーたちはその経過報告を情報共有し、今後の傾向と対策を全部門で検討するのです。

今回の大量の新人入社のきっかけは、お客様からの急な注文です。それでも皆で面接し、この人を育てるのだ!と意を決して来てもらった新人たちですし、製品に何か問題があれば、それが及ぼす影響の範囲にも充分過ぎる想像力を持つリーダーたちです。一人一人をしかと育てるためにも、製造の基本を教える間は気を緩めません。そんな責任感とともに夕方話し合われた反省や新しい方法が、翌日、新人たちにレクチャーやトレーニングに反映され、新人たちも充分受けとめる、そんな双方の努力のかわしあいが続いていたのです。
その甲斐あって仲間にも仕事にも馴染みはじめ、少しずつ担当できる製品や業務の範囲も広がり、製造現場全体に漂っていたひりついた空気が落ちつき始めたのが、この頃です。

しかし、実はそれぞれが製造のジェネラリストとして自信と実際の技量を持つようになっても、私たちの製造現場では、誰もがあたかも剥きたての半熟ゆで卵のようにデリケートにフラジャイルな初心者にもどってしまうような、重厚にあるいはキラキラと輝く誇りという魂の甲冑も丸裸に剥がされてしまう一瞬が、毎日あります。
それは朝の朝礼です。

各チーム毎に全員が集合し、製造工程を口頭で確認し、その後皆が見守る中で、指名された一人が、スタッフ全員が囲むテーブルに座り、各工程、注意すべき点など改めて言葉にしながら、演舞のように作業をひととおりデモンストレーションするのです。特に製造工程の多いガスールのそれは厳格です。
テーブルに一人向かい、作業を言葉にしながら手を動かす周りを30名程が取り囲み、今まさに進めている自分の行為をじっと、たった一つの漏れも見逃すまいと、思考する視線60本が押し寄せ、鋭く細かく、ちりちりと手元を走り回るのです。

きっと体中を小さな蟻に噛まれているような心地でしょう。あるいは演舞と書いたように、視線が集まる中、作業テーブルにつくことはステージに上がることにも等しいでしょう。見ていると円い小さな台の上、群衆に囲まれながらゆっくりと踊り始める、モーリス・ベジャールのバレエ「ボレロ」の始まりからクライマックスのような緊張が伝わってきます。
当然そんな所に座って、作業をしてみせるというのは、冷静に普段通りにできるものではありません。
文句無しの腕前のベテランでも、緊張で指先が震えてしまい、ガスールの欠片をはね飛ばしてしまい笑いを誘う人、段取りの説明を飛ばしてしまい、「○○は?」との指摘に慌てて既に緊張で赤い顔が更に赤らんでしまう人、息が詰まって言葉が途切れてしまう人、落ち着いてやろうとする余り、通常の倍くらいのスローペースになってしまう人などもしばしばです。誰しもが普段通りにできるものではありません。それでも、無事やりとげて席にもどる時は、皆、晴れやかな顔をしていますし、さっきは鋭い指摘をした周りも「お見事!」とやりとげた人を賞賛する笑みを浮かべ、中には音を立てずにそっと拍手をする仲間もいます。
この緊張のひと時が過ぎると、リーダーたちとジャックさんから改めて注意事項と、業務開始の挨拶があり、全員がそれぞれの持ち場へと席を立ち、作る事に全身で立ち向かう一日が始まります。

「一日として同じ日はありません。製造だってそうです」
「何しろ、私たちが使う原料は、自然が作ったものですもの」
「問題があれば大変よ。でもプラソッブカーム (タイ語で経験の意) から学べることがあるからとても大切な事ね。だから問題解決は楽しいものよ」

ジャックさんやリーダーたちの口癖です。
タイにそうしたことわざがあるかどうかは知りませんが「初心忘れるべからず」を地でいくSAL Laboratoriesの面々です。
それでも、しばらく、余りに静かでお通夜のようだった朝のテーブルの一幕も、笑いや歓声、ユーモアの効いた合いの手めいたツッコミも聞こえるようになり、新人たちの腕前も姐さん達のお眼鏡に適ってきたようです。
この一見単調とも思える、しかし濃密で新鮮な製造の日々に、おそらく誰一人として慣れることはないでしょう。(A.H.)

2014年6月16日月曜日

エードーイさん、采配を振るう until the lights come back

日本と違ってこちらでは停電はわりとよくあります。停電の原因は送電システムの故障だったり、車が電柱にぶつかったから(!)だったり、はたまた予告なしの電気工事だったりしますが、特に雨期のこの季節、怪しげな雲が出始め、遠くで稲光が光り、竹薮の笹がざわざわと風になびき始めると、「あ、そろそろ来るかもなぁ」と思います。
先日も、午後の作業が始まってしばらくした頃に停電がやってきました。「わー!」「おーい!」「えー!」とあちこちからスタッフたちのどよめきが上がります。こちらの停電はわりとすぐに復旧することが多いので、しばらく様子を見ながら作業を続けます。が、この日は5分経っても10分経っても一向に電気はやってこず、そのうちしばらくの間保っていた作業も終わってしまいました。「こういう時はどうするのかなぁ」とパソコンの電源を落とした私は、興味津々で隅の方からこっそり様子を眺めることにしました。

リーダーたちが集まってスタッフの人数をもう一度数え直しています。この日は運悪くというか、作業内容がガスールのシーリングの日でした。私たちの会社で作る製品はすべてが手仕事で、数ある作業工程の中でも電気を必要とするのはこのシーリングしかありません。たまたまこの停電の日がシーリング作業の日だったのです。ガスールを計量して袋に詰めてもシーリングができないのではその後の検品・箱詰めができません。
相談し合っているリーダーの中心にいるエードーイさんはガスールを統括しているベテランスタッフです。このエードーイさん、ナチュラルメイク(ノーメイクの人もたくさん)が多いスタッフの中、いつもきちんとお化粧をして出勤する、ラジオから流れる歌謡曲をこよなく愛する姐さんです。
作業中に気づいた出来事を翌日の朝の顔合わせで全スタッフに伝え、全体を見渡して人手の足りないところをさりげなく手伝い、同じ作業の繰り返しでつい気が緩んでしまいそうな時には基本に立ち返らせる、そんな姿を見るにつけ、「さすが、リーダーたる人は違うな」と日々密かに感じていました。
 (写真左から二人目:エードーイさん)
「今日は作業をおしまいにして、みんなで掃除にでもなるのかな」と陰でこっそり盗み見していた私ですが、そうは問屋(もといエードーイさん)が卸しません。15分の小休止後には停電なんてまるでなかったかのようにみんなが違う作業についています。これには驚きました。だってこの日のスタッフは30人近くいたのです。30人のスタッフに仕事を振り分けるのはちょっとやそっとの年季でできるものではありません。さらに働き始めてまだ日の浅い学生アルバイトの横にはリーダーが控えている配置です。エードーイさんだけでなく、各リーダーさんの動きにも「さすが!」と感心せずにはいられませんでした。
そんな感心している私の心を知らず、エードーイさんはこう言います。「いつもならこんなにバタバタしないのよ。今はガスールの大量注文に応えるために石けんの作業をストップして全員体制でガスールをやってるでしょ。いつもだったら石けんチームを手伝いに行って、もっとスムーズなんだけど・・・」。
陰から覗いている私がプレッシャーだったのか、ちょっと言い訳のような弁解です。いえいえ、十分すぎる見事な采配でした。

ただ、このエードーイさんにもどうしようもない停電の余波がもうひとつあります。それは、エアコン・扇風機のたぐいが使えなくなること。雨が降る前の湿度の高さに加え、決して広いとはいえない作業スペースに30人近い人間がいるのです。入り口の扉を開け通気をよくして暑さを和らげますが、あっという間に蒸してきます。この日もみんな「暑い暑い」と文句を言いながらも、いつもと違う非日常をむしろ楽しんでいるかのような様子で就業時間まで作業を続けたのです。
結局この日は2時間に及ぶ停電でした。こちらの人たちにとっては雨期になればつきものの停電。愚痴を言ったって始まりません。ここでもタイの人たちの寛容さ、状況を受け入れる変わり身の早さに感心しました。(katsuyama


2014年6月10日火曜日

月最後の金曜日は恐ろしい blue friday

スターウォーズのイウォークのような可愛い声でころころ笑い、皆への思いやりを忘れず、しっかり皆をまとめあげるジャックさんを見ていると時折天使的にさえ思え、どうしたらこんな人になれるのか? とため息が出ることさえあります。
そんな、会社の宝物のようなジャックさんですが、豹変する日が月に一度だけあります。
その月の最後の金曜日、私とディレクター氏がランチをスタッフにご馳走する日です。

そもそもは、かつて海外出張が無闇に多かった私が、その留守を守ってくれた皆へのお礼と不在のペナルティとして始めたことです。しかし時折やってくる嵐のような忙しさへの慰労の意味も込めて続けているうちに、いつの間にか月に一度の恒例行事となり、気付けば3年も続いてしまいました。
こうなると、この振る舞い、スタッフ皆のお弁当を持ってくる日の予定や、月のお昼代の予算の中にきちんと勘定されてしまい、「もう止めますよ?」とはなかなか言えなくなっているのも事実です。
そのうえ私が一人で振る舞っていた時はお昼のお弁当のみでしたが、ディレクター氏が新たに加わって最初のランチご馳走の日の折、
「あなたも3時のおやつをご馳走してくださいませんか? きっと皆、もっとがんばっちゃいますよ? うふふ」
というジャックさんの皆への思いやりに溢れた笑顔と声に、氏がうっかりほだされたのもいけませんでした。

以来、
「ソンクラーンの季節は暑いですね!」
「今日は出荷日で皆汗だくでがんばりました」
「偶然今日は○○ちゃんのお誕生日なんです」
などなど。
毎回、千夜一夜物語のシェヘラザードの如くこちらの気持を動かすのが上手なジャックさんです。
おやつもすっかり毎月恒例になっているではありませんか!

タイでは地方から出てきて家族を支える健気な女の子(ただし夜の蝶)についほだされて、気がつけば丸裸、文無しになっていた。。。などという自業自得の外国人男性の話を良く耳にします。
もし毎月のこれが高級ブランドのアクセサリーやバッグだったら、私たちも今頃丸裸でしょうけれど、幸い1食15バーツの氷菓や30から35バーツのお弁当です。そして皆、ほんの一日主婦の仕事が軽くなり、昼休みやおやつの時間をゆったり過ごせ、その分仕事に打ち込んでくれています。
汗だくの出荷も、お誕生日のお祝い(タイではお誕生日の日は、本人がそれぞれ小さなお菓子などを皆に振る舞うのがこちら風のお祝いです。「大枚」をはたいて、お誕生日の人自身も皆に幸いを振る舞っているのです)も、夜の蝶の夢物語とともに雲散霧消するわけではなく、目の前にある真実です。同じ職場に居るものとして分かち合う大切な時間です。
ならば、月々の出費だって決して無駄ではないと、私たちも半可通のタンブン精神を発揮してついついお弁当(おやつのアイスクリーム付き)を振る舞ってしまうのです。

先週の金曜日もジャックさんが、やってきました。
「今日もご飯いいですか?」
「はいはい。いいですよ?」
「それが実は。。。困りました」
ジャックさんがしおらしげに顔をしかめます。
「何? どうしたの?」
「とうとう、お弁当屋さんが値上がりしてしまって一人40バーツなんです・・」
それは知っています。
私たちが購入する段ボールやそれを留めるテープ、パッケージの印刷代、クリームの容器。あらゆるものがここ2〜3年で、政府の政策の影響を被って異様な値上がりをしました。方々の屋台も同様です。いつもの屋台の値が今まで上がらなかった方が不思議なのです。

「おや、でも仕方ないですねえ。。。屋台の人も困っちゃうものね」
「でしょう。みんなもお昼が大変になったねって言ってます」
「うーん。。。うん、わかった。大丈夫。出しましょう! ジャックさん。」
「それで、今月はスタッフがまた増えましたから全員で1,600バーツです。うふふふ。」
「はい。。。ん?・・えっ!? ・・えええっ〜!」
少し前までは、全員で1,000バーツで足りていました。献立によってはおつりが来ることもありました。
それが気付けば1.6倍。あと少しで2倍に届かんとする勢いです。
1,600バーツといえば、およそ5,000円。結構な出費です。
とはいえ、わかったと言った以上は、もう出すよりありません。

「でも、おやつはアイスクリームは脂肪が身体によくないから」
「ん?」
お弁当の話が終わったところへ、ジャックさんがやおら続けます。
「だからシャーベットにしました。それにちょっと安いです」
「・・・成る程。で、いかほどなのかな?」
「全部で600バーツです」
聞いてしまった以上、後にひけません。
しかも運が悪いことに、ディレクター氏は出張中です。全て私が一人で負担です。
ああ。そうですか。そうですか。
確かにおやつ代は普段より若干安いねぇ。最近来てくれた新人3人用の三人前くらいの減額かしら。
それに、脂肪を摂らないことも、美容のためには大事だものね。
少しだけ、心の中はやけっぱちになりながら、机の上に並べたお弁当代におやつ代を足し、ジャックさんに手渡します。

「・・・・はいどうぞ。」
合わせて2,200バーツ。およそ7,000円! 月末の思いがけない大出血です。
「うわぁ! ありがとうございまーす! 新人さんたちもきっとビックリすると思います!」
ほんのり申し訳なさそうにしつつも、最後まで相手の心を慰撫する阿片のような言葉も忘れないジャックさんは、作戦通りに昼代とおやつ代をせしめ、去って行きました。

それにしても、まず小さな問題を了承させ、更に事情にも共感させてから、次にするっと大きな問題を持ってくるとは。一緒に会社をスタートさせた頃、価格交渉の席で印刷会社のお兄さんに言い負かされ、しくしく悔し泣きしていた初々しい少女のようだったジャックさんは何処へ行ったのでしょう。もうてんで別人。いつの間に、そんな交渉上手になっていたのでしょう。
ああ、こんな風に翻弄されるようでは、もう私も夜の蝶に身ぐるみ剥がれるオヤジと変わらないかも。
まるで、臓物を抜かれてお腹が虚ろになってしまった魚の干物のようになお財布を眺めながら、感慨にふけっていると、
「ニパさーん、もらったよぉーっ! お弁当とおやつ、買ってきてね〜!」
「はいよー。もう注文はとってあるから大丈夫〜!」
日本の女の子たち風に意訳するならば、「ゲット!ゲットぉ〜!」「オッケー!」という雰囲気の、ジャックさんと備品管理担当のニパさんが、浮き浮きとランチの手配をしている声が、向こうの部屋から聞こえてきました。

実際、ここ数ヶ月といえば、残業も休日出勤もあれば、更に急遽集めた新人の教育、それに伴う普段以上に綿密なの品質管理や在庫管理と、万事が万事緊急事態です。
にも関わらず、トラブルなくしっかり乗り切っている皆の精神力は見事としか言いようがありません。ならば、1日くらい少しだけゆったりできる時間をあげたくなります。
うん、やっぱりランチは当面続けなくちゃね。でも流石におやつは、勘弁してもらおうかなぁ。などとよぎるのでした。

そんなわけで月末金曜日の朝、にこやかにやってくるジャックさんを、私たちは密かに「追いはぎジャック」と呼んでいます。もちろんあの恐ろしい「切り裂きジャック」を真似た呼び名ですが、なけなしの財布の紐をずたずたにする点では間違いなく「切り裂きジャック」の末裔かもしれません。
しかし、このジャックは奪う存在ではありません。様々に素敵なものをもたらします。当面、私たちも財布の紐を毎月切られ続けることになるのでしょう。

さて、タイ料理のテイクアウトのスタイルには驚くべき美と技術が隠れています。スープやスパイス類が写真のようにプラスティック袋に入っているのです。料理と一緒に中に空気を入れてふっくら膨らませ、口はきゅっと輪ゴムで占められています。目の前で封入する手際の素早さが見事ならば、これらが市場でバナナの葉の上にディスプレイされると、料理の色どりは美しくつい、あれもこれもと買いたくなります。もちろん、運んでも一滴も漏れません。そして輪ゴムも結び目に飛び出している慎ましいでっぱりを引っぱれば、くるっと瞬時に解けてしまいます。
この見事な手技は物だけでなく心にも及ぶようで、私たちの財布の紐も、輪ゴムのごとく一瞬にして解かれてしまう訳です。(A.H.)

2014年6月6日金曜日

温泉と湯船と石鹸シャンプー hotspring

先日の日曜日、たまった洗濯物を午前中で片付け、家の裏手になっているレモンをひとつもぎ、蜂蜜の入ったボトルを鞄に放り込んで、温泉に行ってきました。
チェンマイをはじめ、こちらタイ北部ではあちらこちらに温泉が湧いています。公園が整備された市民の憩いの場ともいうべき公営の温泉施設から、山越えの未舗装路を行きたどりつくローカル温泉までその種類は様々です。日本人の温泉好きはこちらタイでも同様で、退職後のロングステイを楽しんでおられる方で温泉巡りをされている日本人は大勢いらっしゃると聞きます。
今回は、自宅から30kmほど離れた場所にある、公営サンカンペーン温泉に行くことにしました。
この公営サンカンペーン温泉は、12ヘクタールもの広大な敷地に足湯や個人風呂など様々なタイプの温泉をはじめ、プールや公園・児童遊園・レストラン・マッサージ店まで揃っています。売店で生卵を買って温泉卵を作るもよし、足湯に浸かりながら友達とおしゃべりするもよし、コテージで宿泊もできるし、アウトドアが好きな人にはテントを持ち込んでキャンプまでできる、老若男女・おひとり様でも家族連れでも違った楽しみ方のできるオールマイティの総合温泉テーマパークなんです。

我が家には残念ながら湯船がないため、ときどき無性に湯船に浸かりたくなった時はこうして温泉に遊びに来ます。目的はただひとつ、湯船に浸かることなので温泉卵も足湯もプールも素どおりです。一直線に浴室付きのコテージに向かいました。
タイは今一年で一番暑い季節で、こんな日にお湯に浸かりに行くなんて言うと、タイ人からは気でも狂ったかというような顔をされます。実際、私が温泉に行った日もプールや児童遊園では休日を楽しむ家族連れを見かけましたが、浴室施設の方は閑古鳥が鳴いていました。
さっそく湯船にお湯を張ると硫黄の香りが湯気とともに立ち上ってきます。そこで鞄の中からレモンと蜂蜜と、この日のために取っておいたガスールとダフネ石鹸を取り出します。そうです、もぎたてのレモンと蜂蜜はジュースにするために持って来た訳ではなく、とっておきのバスタイムにするために持って来たのです。
ガスールに温泉水を含ませると、みるみる水分を吸収してモコモコと盛り上がってくるようです。パックをするために少し濃いめに溶かし、そこに蜂蜜をたらしてさらに練ります。「色が濃緑色ならまるでお濃茶のようでおいしそう。」なんて考えながら、厚めに顔に塗っていきます。ふんわり蜂蜜の甘い香りがして気持ちが豊かになってくるのが分かります。
ダフネ石鹸で体を洗い、この日は髪の毛も洗ってみることにしました。しっかり髪を濡らしたら、石鹸を地肌に当ててクルクルと輪を描いていきます。そして2度洗い。以前はここで終えたため、シャンプー後の髪がキシキシしてしまったので、今回はレモンのリンスを試してみます。

シャンプーをしてアルカリ性になった髪の毛に酸性のものを加えて中和する。初めて聞いたときは、「へ、そういう理屈なの?」と思いましたが、石鹸について知れば知るほどそれが「なるほど」に変わっていきました。この日はそれを実地で試してみる初めての機会、ワクワクしながら髪の毛をレモン水の中に浸していると、しばらくして明らかに手触りが変わりました。市販のリンス剤やトリートメント剤は、成分が髪の11本をコーティングしているような、洗い流しても何かが髪に残っているようなぬるりとした上がりになりますが、レモンリンスの方はさらりとした感触で、余計なものが髪に付いていない感じです。慣れ親しんだいつものぬるりじゃなくても、こういう上がりも気持ちいいかも、と新たな発見です。
このレモンリンスの新たな発見は、私たちの身の周りにはたくさんの小さな化学が溢れているんだなぁと身をもって教えてくれました。普段暮らしていると意識すらせずに素どおりしてしまうけれど、もっともっと面白い化学反応が周囲で起きているかもしれません。高校の化学の先生も、リトマス紙ではなくこうした身の周りのものを使って酸性・アルカリ性を教えてくれていたら、私は今でも覚えていただろうなぁ。。。

顔も体も髪もバッチリ、あとはガスールを湯船のお湯に溶かして半身浴です。月並みですが、「日本人で良かった」としみじみ思える瞬間です。こうして外国に暮らしていると、ついつい忘れがちになってしまう日本的な感覚。「しばらくこういう豊かな気持ちを忘れていたなぁ」とちょっぴり反省し、至福の時間を過ごしました。
さて、お風呂を出て時計を見るとすでに4時間以上たっていて、帰り支度をしている売店のお姉さんに「まだいたの!?」と驚かれましたが、心も体もリフレッシュしたいい休日になりました。(Katsuyama

2014年6月4日水曜日

放蕩娘の帰還 the return of the prodigal daughter

戒厳令がクーデターとなり、週が明けた先週、王様によって正式に軍による政権が承認されました。
情報筋からは、おそらく次の選挙をする1年先くらいまでこの状態は長引くのではないか? とのこと。夜になれば、チェンマイ市内もあちらこちらに兵士が並び、検問所も設けられ、無意識にどこか緊張は残りますが、昼間に生活を限っていれば至って穏やかな毎日が続いています。

さて、先週抱えてしまった私たちの悩みと言えば、もうひとつの重大案件、ゲーちゃんの無断欠勤がありました。

喧嘩両成敗でしょうが、夫婦喧嘩でとても辛い思いをし、遠く離れた実家へもどってしまった彼女の胸の内は察します。とはいえ仕事はグループワークですから、こうしたアクシデントは無いのが良いに決まっています。
もし彼女が気持の整理がつかず今日復帰しなければ、ジャックさんやリーダー達ともう一度対策を相談。それでも収集がつかなければ、最悪はリーダーも経営もしたくない決断をしなければいけない可能性だってあるのです。
今の国だって、きっとそんな苦渋の調整をしているよのね。。と、普段よりも憂鬱な気持で出社しました。

そしていよいよ朝礼です。
ああ、大丈夫かな。どうしよう。。と思いながら皆が集まる場所へ行くと・・・。
いました、ゲーちゃん。
ユイちゃんと一つの椅子にお尻をくっつけて双子のようにぴったりと座り、他の新人たちのグループの中に何気なく溶け込んでいました。他の皆もいつも通りです。

今日は、ガスール固形を入れた袋の口をシーリングする日です。
ごつごつした硬いガスールの欠片の端は、あまり荒っぽく扱えば袋を傷つけてしまうことがあります。穴こそあきませんが、見た目は美しくありません。かといって、おそるおそる扱えば、作業の速度は落ちてしまいます。そのあたりのバランスをとるコツ、そしていかにシーリングを綺麗かつ丈夫に仕上げるかの奥義を、ベテランの姐さんたちがきりりと説明していきます。
新人たち、もちろんゲーちゃんも、うんうんと力強く頷き、その様子にはしっかり頭の中で作業工程を反芻しているのが伝わってきます。これなら、今日の業務も普段通りに気持よく進みそうです。

朝の新鮮な気分の中、製造工程確認が終わると、それまで静かに全体に耳を傾けていたジャックさんが、にこやかに、しかしぴりっと、また決して誰がと名指しはせず、全体に語りかけるように一言。

「色々、それぞれ事情もあるでしょうけれど、急な欠勤が必要な時は必ず電話で一報をお願いしますね。私たちの仕事は誰が欠けても上手くいきません。何ごとも協力しあいましょう!」
全員が「そうですとも!」と、微笑しながらうなずきました。もちろん、ゲーちゃんも少し照れくさそうに。

実は情熱的でエモーショナルなタイの人たちの気質ゆえ、時にこうした事件は長引くこともあり、「もしや」も覚悟していました。けれど、ゲーちゃんのおっとりした気質やユイちゃんの思いやりもあってか、今回の事件は高速解決でした。これでこの先一番気になるのは、この国の行方でしょうか。スタッフ個々人、そして企業としてもその毎日の営みを穏やかに続けるためにも。

ジャックさんがスタッフたちに語りかけたように、タイは西欧的なそれとは少し異なる、独自の優しくしなやかな受容の心を持つ人たちの国です。この国、それを形作る人の良さがにじむような解決を願わずにはおれません。
どのような場面においても「普通であること」とは、なんと大変なことでしょう。
だからこそ、私たちは、たゆまず日々を、ごく普通に丁寧に重ねて行こうと思うのです。(A.H.)