8月に入りました。タイは雨期真っ只中で、美しい景色の中で日々が過ぎていきます。
日本では、「実りの秋」と言いますが、タイでは「実りの雨期」です。タイの季節は春夏秋冬ではなく、暑気・雨期・乾期が1年で巡ってきます(3月から5月が暑期、6月から10月が雨期、11月から2月が乾期です)。その季節の中でもタイの豊かさを一番に体感できるのは雨期である、と私は確信しています。市場に行けば一目瞭然。まずは、雨期に出回る果物の豊富さ、ライチ、マンゴスチン、ランブータン、ドリアン、ドラゴンフルーツと、トロピカルフルーツを代表する果物が所狭しと並んでいます。どれもこれも、自己表現力の強い果物たちばかりで、華があります。また、日本人に馴染みのある野菜、タケノコや新ショウガもこの時期の旬のものとして市場に並びます。食卓が旬の食べ物で溢れ、人々も風景も瑞々しく輝く、とてもいい季節です。
雨期は、私たちの会社にも同様に豊かさを与えてくれます。会社の敷地内に数えきれないほどの木々が植えられており、それらが次々と実り始めるのです。まずは、暑気の5月に実るマンゴー、雨期に入った6月にライチ、それらが一段落する7月にラムヤイ(龍眼)という具合に、順番待ちしているかのようにそれぞれの果物の季節がやってきます。これだけでなく、パッションフルーツや日本語名がないのではと思う果物の木も数種類あり、それらも実りの時期を同時に迎えます。
その数ある果物の中でも、ラムヤイは特別です。会社のささやかな臨時収入になるのは、ラムヤイだけです。いえいえ、もっと大事なことがあります。アルガンクリームの原材料に使っているミツロウは、チェンマイのラムヤイの花の蜜を集めた蜂蜜の巣から採ったもので、私たちの製品作りには馴染み深い果物なのです。
そのラムヤイの花が咲くのが、乾期が終わり暑期に入る3月頃。暑期の灼熱の太陽を浴び、雨の恵みを得て、ラムヤイの実は4か月の時間をかけて大きくなります。雨期に出回るタイの果物の中で見ると、ラムヤイは地味な外見で、大して個性的な味や香りがするわけではありません。ただ、滋味豊富なおいしさでは、ラムヤイを超える果物はないでしょう。中国では乾燥したラムヤイが漢方の一つとされていることにも、妙にうなずけます。木の根がゆっくりと大地の栄養を蓄積させて実を育てたことがうかがい知れる、実直な香りと媚びない甘さに魅力を感じます。
そして、ラムヤイの花が咲き、小さな実をつけ、その実が日に日に大きく育っていく様子を見ていると、川の水が滞りなく流れていくような安らぎを感じます。
7月初旬、お昼ごはんの物足りなさを払拭しようと思ってラムヤイの木に向かうと、誰かと鉢合わせになることもしばしばです。ラムヤイの木を見上げると、鈴なりのラムヤイが重たそうにぶら下がっています。たくさんの果実の中から大ぶりなものを見つけると、その場で食後のデザートを楽しみます。何本もある木からラムヤイを食べ比べてみます。同じ品種で、同じような木ですが、木によって甘みも香りを少し異なります。
周りを見れば、みな「ラムヤイの季節」を満喫しています。食堂に戻れば、テーブルの上のラムヤイを囲んで話しているスタッフたちがいます。また、別の休憩場所に行けば、テーブルの上にはラムヤイで作ったお菓子があります。皮をむいたラムヤイをお米と一緒に煮て、そこにココナッツミルクをかけて食べるそうです(とても甘いデザートですが、ほっとするおいしさがあります。スタッフのラーさんの手作りだそうです)。
昼食が終わるとラムヤイの木の下に向かうのが日課になったある日、やはりそこにはもう人影が。ゲーちゃんが1人、ラムヤイを口に含みながら、笑いながら話しています。不思議に思い近づくと、ラムヤイの大きな枝がユラリと動きます。驚いて上を見上げると、そこにもう1人。
「あっ!・・・ポックさん!?」
木登りしていました。ラムヤイを採るために木に登るなんて!
木の枝に上手に股がって、ラムヤイの実を次々と捥いでいくポックさんにしばし見とれてしまいました。ラムヤイの木の上には、雨期の晴れ空が広がっています。側には、通称「バーンクリーム」(「バーン」は家の意で「クリームの家」)と呼ばれているクリーム製造の建物があり、その窓にもラムヤイの実が映って見えます。
私たちの製品に使われている原料のアルガンオイルは、モロッコのアルガンの実から取れるのですが、そのアルガンの実を狙って、モロッコのヤギはアルガンの木に登る話を聞いたことがあります。ラムヤイの実を採るために、タイ人スタッフが木に登っているのを見て、その話を思い出しました
それにしても、ポックさんには恐れ入りました。モロッコのヤギもたくましいですが、私たちのスタッフも負けていません。でも、落ちやしないかと心配になります。ポックさんは、40代後半の「チャーミングなおばさん」で、決して「若いお嬢さん」ではありません。おやつに食べるラムヤイを採っている最中に、木から転落して怪我でもしたらどうするのでしょうか(かなり恥ずかしいです)。会社の倉庫の階段から落ちて怪我を負ったらまだ同情の余地がありますが。
写真:右側がポックさん。手には、木に登って収穫した戦利品が。
8月に入り、ラムヤイが食後のデザートと休憩時のおやつだった日々が続くと、さすがにラムヤイから遠ざかるようになりました。さらに、会社のラムヤイの売却が済むと、木にまだある実には興味がなくなり始めました。そんなある日の夕方、ガスールチームのリーダーのエードーイさんが、仕事の終わりにラムヤイを食べているのを見かけました(夕方小腹が減っている時に食べるラムヤイが一番おいしいことは知っています)。エードーイさんは、目配せして掌を差し出します。掌には、見慣れた茶色の実が3個載っています。私が遠慮していると(本当は食べ飽きているので食べたくないのですが)、エードーイさんは、ラムヤイを飲み込んでから言いました。
「チョンプーって言うラムヤイだよ。食べてごらん」
聞くところによると、工場の前にあるラムヤイの木は、「チョンプー」という品種だそうです。枝ぶりと葉の色が他とは少し違います。味が濃厚で甘みもとても強いのです。
「これはね、熟すとピンク色になるんだよ」
だから「チョンプー」と言うのか、と納得しました。「チョンプー」は、タイ語でピンク色です。
いままで、ピンク色のラムヤイなど聞いたことも、見たこともありません。見てみたいです、乳白色からピンク色に変化したラムヤイが。食べてみたいです、ピンク色のラムヤイはどんな味がするのか。香りも変わるのかもしれません。
それから、ピンク色のラムヤイを食べようと、足繁くラムヤイの木「チョンプー」へと通います。大きくなった実を見つけると、皮を割っては中の色を確認することが日課になりました。
ああ、今日もまた普通のラムヤイでした。
いつになったら、淡いピンク色のラムヤイを見る日がくるのでしょうか。まだまだ熟し方が足りないのでしょうか。ラムヤイは数えきれないほどぶら下がっています。高い所から私を見下ろしている、あの大ぶりの実こそピンク色のラムヤイかもしれません。手を伸ばしても届く高さではありません。
午後の始業時間が始まる前、ラムヤイの木を見上げて想います。
木に登ってみようか、と。(Mayumi Miyajima)