2015年8月25日火曜日

自然に学ぶ ma racine est au fond des bois.

「おや! これは、チャムチャーの葉ですね?」
私たちのクリームsumimou 03とnongharn 03に付いているチーク製のスパチュラを見て、パッケージの印刷会社の代表のウイさんが嬉しそうに微笑しながら言いました。
そうなのです。
私たちのこのスパチュラは、スタッフのバーンさんが他の仕事の合間に一つずつ手作業で作っているものですが、その形は敷地内に何本か生えているチャムチャーの木の葉をもとに作り出したものなのです。

もとは、 開発チームと小さくて場所をとらず、指でつまんで使うシンプルな形にしよう。例えばギターのピックや貝殻のような三角と楕円の中間のような形はどうだろう? と話し合い、バーンさんはその案に忠実に作ってくれたのですが、どこか硬いよそ行きの雰囲気が感じられ、チーム一同どうもひっかかりを感じ、納得できません。
なにしろ家だろうが家具だろうが作ってしまうバーンさんですから、その出来は素晴らしいのですが、どこかバーンさんらしからぬぎこちなさがあるのです。
粘土は型にはめ込んでも、最後には窯の中の炎という誰の作為も及ばない過程を経て、かすかな歪みや釉薬の流れをともなって完成する、自然で有機的な働きが全体を覆う磁器の入れ物と合わせるとどうもしっくりこないのです。

バーンさんの第1作を目の前に、開発ミーティングはあの形はどうか? あのカトラリーの形は参考にならないか? と喧々諤々。
しかし、どうも良い場所にイメージは着地しません。
「うーん。これは基本姿勢の自然に学べに立ち返って、シンプルに自然から形を起こしてみようか?昆虫の羽や木の葉や花びらとか」
すっかり煮詰まった私は、至極正論のようでいて、少しやけくそな匂いがしなくもない方針を立ててメンバーに託し、会は終わりました。

それから数日して...。
SALの製品を入れる器とそれに付属するものの一切の担当女史が、子供のような満面の笑みでやってきました。
表情豊かな彼女がこんな顔をしている時は、とても良いことがあった証拠です。
「これ、バーンさんが!すごいでしょう?」
まるで自分のことのように得意そうに嬉しそうにおはじきのように机に並べたスパチュラは、小さな貝や植物の葉のよう。丸みと繊細さのある不定形なそれはらは、小さな生き物たちひっそり息づいているようにも見え、今までとは全く表情が違っていました。
手につまんだ時に感じる表面の丸さは指先にしっくり馴染み、器の中のクリームに触れる曲線は、硬いバームを柔らかくしながらそっとスパチュラの面にクリームを堆積させます。しんと整ったまっさらなクリームの表面にその先が当たってもどこか優しく、何かをこそげる、削るという荒々しさを感じません。
「これ、なんやと思います?」
「葉っぱ?なんだか見たことがあるような...。?」
「そう、うちの庭のチャムチャーの葉ですって」
「うわ~!!」
可愛らしいその居住まいと、それにふさわしい繊細な使い心地にうっとりしていた開発チーム一同、すっかり和んで拍手をしてしまいました。

チャムチャーは、和名をアカシアネムノキ、レインツリーとも呼ばれる大型のアカシアの木です。
熱帯アメリカ原産の植物ですが、古くから東南アジアへも伝わり、家よりも高く横にもぐっと広く枝を張るこの木の姿はチェンマイの方々でよく見かける身近な存在です。かつては、この木でカイガラムシを養殖し、臙脂の染料を生産輸出するのもこの地域の大きな産業でもありました。
私たちのクリームは石鹸のコーティング材であるミツロウの生産者、サヤンさんによると、昔のチェンマイの街や道はこの大木で覆われていて、おかげで今よりずっと涼しかった、大きなチャムチャーの木の幹にはたくさんの蘭が株を大きく太らせていて、花をいくつも咲かせ、涼しい風に乗ってくる花の香りは気持ちが良いものだったそうです。
街の開発が進み、チャムチャーの巨木の数は減りましたが、その特徴あるシルエットはそこここで見かけますし、チェンマイーサンカンペーンの旧道の並木は健在で、直径1mは超えそうな根元には樹に宿る精霊に捧げられた布が巻かれています。そんな風に捧げ物が贈られることも納得するほどに、暑い季節にふさふさと緑の葉を茂らせ、無数の薄紅色のパフブラシに似た花を咲かせた梢が作る大きな木陰は、木の葉の蒸散とその気化熱でひんやりと涼しくありがたいものです。
そういえば、チャムチャーの木はウイさんの事務所の近くにもありますし、バーンさんの家のすぐ目の前にもあります。
二人ともきっといつの間にか緑陰の恩恵を受け、また寒い季節には金色に紅葉した葉が舞い落ちる風情を楽しんでいるのでしょう。

バーンさんは、チャムチャーの葉の他にもランの花弁や別の庭木の葉をモチーフにしたスパチュラも作ってくれ、いずれも「なにもなにも、小さきものは、皆うつくし」でしたが、それでも少し歪で桜貝の形にも似たチャムチャーの葉を模したものがずば抜けて美しく愛らしく、開発チームもみんなチャムチャー型のスパチュラにと、満場一致で決まったのでした。

機能から始まって少し遠回りし、ふさわしい形を見出すには時間がかかったスパチュラですが、結局その創造の力を羽ばたかせる泉となったのは、いつも傍らにある自然の形。

19世紀末、産業革命と手工芸の間に生まれた様式、アールヌーボーのガラス工芸家エミール・ガレは「Ma racine est au fond des bois.(我が根源は森の深淵にあり)」と、自然に学ぶことを信条とし、彼の工房の扉にもこの言葉を刻んでいましたが、緑深いチェンマイの郊外で、植物の横溢の 隙間に間借りしているような私たちは、傍らにある自然に学ぶことがまだたくさんあるようです。(Asae Hanaoka)


2015年8月18日火曜日

通信販売とリサイクル tokyo day's

いま日本へ一時帰国しています。真夏の暑い時期をおもに東京で過ごしているのですが、この暑さの質の違いはなかなかのもの。コンクリートとアスファルトで固めた街に、建物にびっしり貼り付いた室外機からの輻射熱。そして湿気。こちらのほうが緯度が高いはずなのに・・・。それでも日本も、東京もとても好きです。電車や地下鉄、バスが通っているし、タクシーも道路を普通に流している。歩道を歩ける! WiFiが速い。探していた本やCDや機材がいくらでも買える。そしてどこでも言葉が通じる。ありがたいです。

こちらに来ておもに何をやっているかというと、仕事や打ち合わせはもちろんなのですが、ネット通販をやってます。「やってます」というと酒かタバコかギャンブルのようですが、まあ似たようなものでしょう。一度手を出した人(いや利用したお客様)には、リピーターになってもらわなくてはショップは成り立たないもの。マーケティング・ディレクターT岡さんからの受け売りです。自分たちでもショップ(sal laboratoriesオンラインストア)を立ち上げてまだ日が浅いのも手伝って、今までは純粋にお客さんとしてしか利用してこなかったのですが、今ではカートに入れてから決済までの流れはスムーズか? とか、注文、入金、発送のそれぞれのタイミングで着信するメールの文面とか、いろいろが気になってしまいます。まあすべての分野、当事者となれば誰しもそうだと思います。そんな当たり前の興味です。

ちなみにネット通販に依存性があるかといえば、それはあります。そもそもネットに限らず人の消費行動自体がそうだといえます。消費の欲望がどこから喚起されるかといえば、それは純粋に個人の内側から湧きいづる想いとはもはや違います。常に他者の目に晒されながら「私はこうありたい」「こう見られたい」という他者依存、状況依存、もしくは相互依存によって消費は促されますし、威信財としての各種ブランドの存在は身近な例でありましょう。

初期はそれでも良かったと思います。市場で広く認知されてきたブランドは、さまざまな揶揄や反感を受け入れながも、それなりの高い品質を実現してきたように思います。ブランドがブランドとして成立していた時代です。ですが今はあまりにもマーケティング的手法が世間にあまねく浸透し、小さな会社の営業担当者も含め、誰もが広告代理店(前世紀の職業です)の人間のような物言い、振る舞いをしている時代です。模倣も多いですし、残念ながら劣化したコピー商品も溢れています。そんな状況で私たちは新しいブランドを生み出すことを決め、製品を作り、オンラインストアを立ち上げました。

単純に「良いもの」を誠実に作ればそれは必ず売れるもの、というほど世界は(市場は)単純ではなく、大変複雑で煩雑で、ある意味空虚な市場なのだとも思います。ある種の依存性、もしくは中毒性すら備えた過剰な消費行動を助長することにどんな意味があるのか? さまざまな欲望を削ぎ落とした後に立ち現れる「それでも必要」欲しいと思ってもらえる意味ある製品、ブランドは果たしていまも存在可能なのか? そして、安全性と環境への配慮は経済性とどう折り合いをつけ得るのか? などなどさまざまな問いを課しながらの立ち上げです。

とはいえ、だからといって、いまが特別な時代であるともまったく思いません。ずっと昔から延々とそうだったのかもしれません。いずれにしても当事者になってみると、ブランドのことも市場のことも、ネット通販のことも、他のすべてのことも、いろいろと見方、見え方が違ってくるということです。

というわけでネット通販で無邪気にポチポチしまくっているわけですが、日本のネット通販の便利さ、完成度の高さには改めて驚かされています。つい数年前まで同じように日常的にネットで買い物はしてきたはずですし、またここ数年で何かが劇的に変わったはずもありません。完全に私自身の個人的変容です。当事者意識を持ってこうしたサービスを利用してみて、改めてその通販システムの洗練に驚いているということです。

日本で当たり前と思われていることは、少なくとも他国では、また東南アジアではそれは当たり前ではありません。システム面に関しては私たちのスタッフに心強い専門家も居ますのでそちらに譲るとして、たとえば梱包のしつらえです。これに関しては日本は一日の長があると感じます。過剰包装にならない一歩手前で安全かつ美しく、そして機能的に梱包するのは、多くの日本の通販サイトが誇って良い美点です(過剰包装は、資源の無駄はもとより梱包材のコストにも直結しますし、メリットはほとんどありません)。それが現在、極限まで高められたもののひとつがamazon.co.jpでしょう。

通販のシステム自体はなかなか外から見えませんが、梱包に関してはユーザーが荷物を受け取って最初に目にする部分でもあり、この第一印象は大変に大きいものがあります。商品のカートインから決済画面に至る流れと並び、ネット通販の重要な「接客」にあたるものと言ってもよいでしょう。特に梱包は、ユーザーにとって初めて商品が実体化して現れる部分ですから尚更です。

タイではまだまだこの辺が疎かというか、重要性がなかなか認識されておらず、その辺の新聞紙をくしゃくしゃと丸めたゴミ(?)のような梱包材が適当に詰められ、中身もスカスカの状態で荷物(段ボール)が届きます。「こんなものか」と思えばそれまでですが、そこはすでに私たちは洗練された荷物のデリバリーシステムの存在を知っています。タイの通販の通例、常識に変更を働きかけながら、私たちのイメージするオンラインストアを構築して行こうと考えています。やるべきことはいくらでもあります。

買い物(消費)の話ばかり続きましたので、次に使い終わった製品、リサイクル&処分についても少しだけ触れたいと思います。
私は日本に来る際は東京(目黒区)の自宅を仕事の拠点とします。立地だけが取り柄の築40年の古いマンションで、広さは70平米くらいでしょうか。都心のマンションとしてはまあアリなのでしょうが、チェンマイの基準からすれば明らかな狭小住宅です。それでも9階からの見晴らしがいいのが気にっています。
このマンションに本や雑誌、CD、レコード、音響機材、映像機材、パソコン、周辺機器、その他が山のようにあるものですから、当然使わないものはある程度処分しなければなりません。とにかく物理的に空間を作らねばなりません。

今日は故障していたDJミキサーと使わないギター、そして小さなワインセラーを処分しようと、目黒区の粗大ごみセンターに電話しました。ミキサーとギターは問題なく手続きが出来たのですが、ワインセラーについては管轄が別だと、東京都の別の部署に回されました。
そこで改めて事情を話し、引き取りをお願いしたところ、その費用が9,000円弱掛かるとのこと。ワインセラー自体は高さ50cmほどの小さなものですが、これは分類としては冷蔵庫になるのだとか。「いえ、冷蔵庫ではないのですけれど。冷蔵触媒も使わない機構ですし、処分についても負荷はかかりません。重さも数キロです」と伝えましたが、電話口のオペレーター女史は製品のイメージができたらしく、申し訳なさそうに同情してくれましたが、規則は規則として伝えるしかないようです。購入した値段自体が1~2万円ちょっとで、処分費用が9,000円弱。
あくまでレアケースであるのは承知していますし、お役所仕事としてはこんなものか、と思いつつ。それでもこれでは社会の経済エンジンとしての消費も一向に進まないし、また使い終わったあとのリサイクル処分も回転せず、不法投棄のゴミばかり増えるなあ。と思った次第です。

電話を切った後どうしたかというと、ワインセラーはドライバー1本で跡形もなくバラバラに分解し、不燃ゴミの袋4つに分け、決められたルールに則りマンションのゴミ置場に出しました。問題なく持って行ってくれました。そんな東京の1日でした。(Jiro Ohashi)

2015年8月11日火曜日

ネットストアから届く it arrived from the net

日本では、ネットショッピングはいまや日常の買い物という印象だが、10年くらい前は今ほど一般的に買い物の手段として浸透しているものではなかったと思う。すでにタイ・チェンマイに住んでいた私は、一時帰国の前にAmazonで本などを注文して実家へ配送の手配をしたりしていたが、「Amazonから本が届くから、受け取りよろしく」と母に伝えると、「ええーっ!!」と母はとても驚いたものである。南米のアマゾンあたりから何か届くかと思ったらしい。そんな母も今では、ネットを利用した買い物を楽しんでいるようだ。

ネットで買いたいものを吟味して、購入できる日本での環境を羨ましく思って久しいが、ついにタイでもネットで買い物ができるようになってきたという。電化製品や家具などをネットで買ったという話しもちらほら聞くようになった。そして最近、今まではホシハナヴィレッジのアメニティとしてしか使用することができなかったsal laboratories の商品がネットで購入できるようになった。これは嬉しい。早速sal laboratoriesのネットストアからオーダーしてみた。

オーダーして二日目、すぐに商品は届いた。オーダーした内容にしてはかなり大きめの箱。梱包がしっかりされているのである。なるほどsal laboratoriesオリジナルの器である陶器もあり、割れないようにという配慮であろう。ほか、全てのアイテムもシンプルだが美しい箱に入っていて、さらによく配慮された緩衝材がたくさん入っている。丁寧に作られた商品が丁寧に梱包され、発送されて、我が家に届いたのが小包の隅々から感じられる。

タイで初めてのネットショッピングで入手したガスールを、息子のお風呂タイムに使用している。ガスールはいろんな使い方、用途の応用があるようだが、赤ちゃんや小さな子どものバスタイムにも大活躍する。無添加というのが安心である。そしてガスールで洗ってあげた後の赤ちゃんの洗い上がり感といったら!

水分を含ませて柔らかくしておいたガスールを頭部につけて優しくマッサージ、身体にも優しくつけて、そのあと丁寧に洗いながしてあげると、“さっぱり、しっとり、つるつる”に洗い上がる。ガスールの吸着力で肌の汚れをしっかりしかし優しく取り除いてくれ、ベタベタしていた肌はさっぱりに。また、ガスールに含まれた豊富なミネラル成分の効果でしっとり、つるつるの肌に。

もうすぐ8ヶ月になる息子は、何にでも興味津々でよく動いてよく汗をかくし、豪快に食事をした後はすぐにでもお風呂に入れたいほどベタベタしている。実際、私は一日に何度もお風呂に入れてしまう。水遊びを兼ねてなのだが、一年を通してこんなことができるのは南国タイの気候の恩恵である。お風呂を終えて“さっぱり、しっとり、つるつる”に洗い上がった息子を抱き上げる瞬間は気持ちがよくて、ついつい頬ずりしてしまう。息子自身もとても気持ちが良さそう。

腰がすわってしっかり座れるような月齢であったり、シャワーで流してあげても大丈夫な、水を怖がらない赤ちゃんなら、このような使用方法でよいが、まだ月齢の若い赤ちゃんの場合は、沐浴の浴槽にガスールを少し溶かしいれるだけで、クレイの吸着力が肌の汚れを取り除いてくれ、ミネラル成分が肌に潤いを与えてくれるという。

息子がもう少し成長したら、バスルームで泥んこ遊びのようにしてガスールでのお風呂タイムを楽しめるだろう、と今から楽しみにしている。またsal laboratoriesのネットストアでオーダしよう。

なおえ スワンナチャン(Naoe Suwannachan

沖縄県出身。津田塾大学国際関係学科卒業、在学中に英国エジンバラ大学へ留学。
2002年、服飾関係の仕事でタイ・チェンマイへ初めて来る。
仕事の契約期間の1年の駐在のつもりが、タイ人の夫と結婚して今年でチェンマイ滞在も13年目。
夫の旅行業務・撮影コーディネートの手伝いをしながら、服飾の仕事も続けている。

2015年8月4日火曜日

ほしはなヴィレッジでのチャリティー・パフォーマンス performances in sala

チェンマイ旧市街から南に車で約30分。自然に囲まれたリゾート・ゲストハウス「ほしはなヴィレッジ()」で、7月最後の週末2日間、ダンスと音楽のチャリティーイベントが開催された。と書くと、まるで他人事のようだが、25日に行われたダンスパフォーマンス「topology of the skin」は、SAL Laboratoriesサルラボラトリーズ)の花岡安佐枝さんと大橋二郎さんによるコンテンポラリーダンスの舞台で、26日の沖縄音楽のライブ「島の祈り」には、私も参加させて頂いた。

ほしはなヴィレッジの敷地内には、一棟ごとに造りの異なる素敵なコテージが建っている。その中で、昨年、多目的スペースとして建てられた「sala」という建物が今回のイベントのステージとなった。

salaは、シバナンダ・ヨガのシータ先生こと寺崎シータ由美子さんらが中心となり、バーンロムサイの活動に共感した100名以上の日本の方々によるクラウドファンティングで寄付金を集めて建てられた建物だ。salaとはタイ語で「あずまや」の意味。円形の、風が吹き抜ける心地よい空間で、中心に建てられた一本の太い柱が大きな草葺きの屋根を支えている。ドアはもちろん、壁もなく、あちらこちらから自由に入ることができる。普段はここで宿泊客がマッサージの施術やヨガのレッスンを受けている。シータ先生によるヨガリトリートも人気で、日本からも大勢の参加者が訪れ、ほしはなヴィレッジに宿泊してヨガを深く学び、心も体も健やかになって帰って行く。私も参加したことがあるが、salaでのヨガは呼吸が自然にゆったりと整い、穏やかで心地よい感覚だった。

今回はこのsalaを活かした面白い企てのひとつとして、声をかけて頂いたというわけだ。

花岡さんのダンスの素晴らしさは噂では聞いていたが、みせて頂くのは今回が初めてのことだったので、嬉しくて仕方がなかった。
本番の夜。土砂降りに見舞われたリハーサルとはうって変わって穏やかな月夜だった。郊外にあるほしはなヴィレッジまで足を運ぶお客さんには、チェンマイで活躍中のダンサーの顔もあった。皆、楽しみに来ているのが表情から見てとれる。美味しいおにぎりやお惣菜の串、ワインや梅酒などを楽しんだ後、ステージがはじまった。


Photo:Teerapat Tongkao

ナチュラルで素朴なsalaに、大橋さんの音響や照明の機材が並べられると一変してステージらしくなっていた。複雑に張り巡らされたコードは秩序を持ってまとめられ、床には無数のライトが等間隔に並べられている。リモコンで照明を操作する大橋さんは、まるでコンダクターのよう。その隙間を、時には雄象のように猛々しく、時には羽毛のようにふわふわと舞踊る花岡さん。その動きに一瞬の瞬きも惜しんで見入ってしまった。

花岡さんは白と黒のシンプルな服装で、指先から爪先まで全てに神経を行き渡せた美しい体の動きで、見る人を魅了した。指先の表情や眼差し、息遣いが聞こえそうなほど間近に感じることができるのも、salaのステージならではといえるだろう。

音楽と照明の変化と共に、様々なダンスの表現が展開された。花岡さんは小柄で、普段は繊細さと柔らかさを兼ね備えた少女のような方という印象を(勝手に)持っていたが、右手を高く上げたポーズでは花岡さんの背が2メートルくらい伸びたように見えた。ふっと重力から解放されたような、水中で漂う花のように見えることもあった。下からの照明がsalaの草葺きの屋根に花岡さんの影を写し出し、2重に重なった動きが不思議な効果を生んでいた。

大橋さんの創る音と光の世界の中で、一言も発せず、体の動きだけで表現する花岡さん。その動きはとても雄弁で、彼女の指先は目に見えない何かに触れ、大切に持ち上げ、慈しむ。花岡さんの動きから、見る人の美しい記憶が引き出されていく。
文筆家としても活躍されている花岡さん。言葉も体も自在に操る彼女の頭の中は一体どうなっているのだろう
これまでSAL Laboratoriesの商品を通してしか知らなかったお二人に、一流の表現を見せて頂き、ますますファンになってしまった。

そんな 花岡さんの芸術的なダンスの後に、沖縄音楽という取り合わせは、それにしてもかなり自由である。これもsalaという場所のもつ懐の深さのおかげなのかもしれない。

私たちのバンド「想音(うむいうとぅ)」は、沖縄出身の河原弥生さんの呼びかけで結成し、1年くらい前から北タイで演奏をしてきた。沖縄の民謡協会に所属している河原弥生さんは沖縄県立芸術大学で音楽を専攻した後、中学校で音楽教師をしていたが、ご主人で彫刻家の河原圭佑さんがチェンマイ大学美術学部で講師をすることになったのをきっかけに、チェンマイに移住。彼女の母親はピアノ教師だが、弥生さんはその母親にほとんど習うことなく、自然にピアノが弾けるようになったという才能の持ち主だ。

沖縄音階の持つ明るさ、三線の音色、民謡の節回し、カチャーシーの踊り出したくなる躍動感など、沖縄音楽は魅力たっぷりだ。本土の人は、このような土着の文化が色濃く残る沖縄に少なからず羨望があるのではないかと思っている。私もそんな一人だ。
私はバンドの練習を始めてから、音楽だけでなく、沖縄の歴史や沖縄で起きている様々な問題について身近に感じるようになった。沖縄で生まれ育った弥生さんの話から、一般的に報道されているニュースがどれだけ断片的であるかを知り、沖縄の人の苦しみに対し、もうしわけなく感じずにはいられない。

とはいえ、バンドをやるまでは沖縄に対してほとんど無関心だった。私のような人は少なくないと思うが、沖縄の音楽に親しむことで、関心を持つ人もいるのではないかと思う。弥生さんの歌う沖縄の歌にはそんな力があると信じている。

さて、本番はというと、弥生さんとチェロのハウス君以外のメンバーは「ど素人」なので、失敗も多々あったが、集まってくれたお客さんの温かい手拍子や、ほしはなヴィレッジのスタッフの方々と音響の大橋さんの尽力のお蔭で、なんとか11曲の沖縄の曲を演奏することができた。「歌詞の意味は分からなくてもそんなの問題じゃなかった。こっそり泣いちゃったよ」と、ライブに来てくれたタイ人の友人が感想を伝えてくれた。

最近はFacebookなどSNSで誰がどんな風に考えているのかが分かることもある。これからの未来を考える時、漠然とした不安に襲われるが、また同時に、思想で人を判断し合うのは危ないことだとも感じている。アートや音楽はどこまでも自由で、人々の希望でなければならないと思う。

この2日間、salaにはいろんな考えの人が集まって、一緒にダンスや音楽を楽しむことができた。世の中には多様な人種、価値観があるのは当たり前のこと。攻撃し合うのではなく、安心して楽しい時間を共有できればどれほど豊かだろう。どこからでも自由に入れるsalaは、どんな人も一緒に、ヨガや音楽、アートを楽しむのにふさわしい場所なのだと思う。
ほしはなヴィレッジの収益は孤児たちの生活施設バーンロムサイの運営に利用されている。2009年上映の映画「POOL」の撮影現場にもなった。http://www.hoshihana-village.com/

古川節子(Setsuko Furukawa
現地無料情報誌「ちゃ~お」編集、ライター。
徳島県出身。京都精華大学人文学部卒業。
在学時代から写真を撮り始め、タイフィールドワークでタイの田舎の暮らしに興味を持つ。
1999年からチェンマイに在住。北タイの様々な風習を中心に、北タイの魅力を写真と文で伝える。