この山は信仰の対象でもあり、この辺の寺院はみな山の方向を向いて建てられています。いわゆるホーリーマウンテンです。アカ族、リス族、カレン族など、山岳民族が多く暮らす地域で、高床式や土間の住居など、都市部の人々とはその暮らしぶりも大きく異なります。色鮮やかな民俗衣装やアクセサリーを身につけ、話す言葉もタイ語とは異なり、それぞれ独自の言葉で話します。チェンダオは都市部から離れたその落ち着いた雰囲気と美しい景色から、欧米のロングステイヤーにも人気のリゾートでもあります。
今回その山の麓のキャンプ場で開催された野外フェスに参加してきました。ホーリーマウンテンというくらいですから、その地で開催されるフェスのトーンも推して知るべしですが、そこは郊外でキャンプをするための方便。どんなイベントにもコアな人々もいれば、それ以外も存在します。世界各国から流れて来たであろう山の中のラブ&ピースな人々とはフレンドリーに、かつ適度に距離を取りながら、私たちはキャンプ場の一番端にテントを張りました。
チェンマイから70kmほど北上したのち幹線道路117号を離れ、チェンダオのキャンプ場に続く一本道に入ると、まわりはのどかな田舎の景色に変わります。一本道ですから当然目的を持った人間しか入ってきません。車の数もぐっと少なくなります。ところどころで水牛が草を食んでおり、道路をゆっくり歩いています。豚や鶏、犬や猫など動物たちが人と一緒に暮らしています。なかには食べられ、乳を搾られ卵を採られるために財産として飼われているものもいれば、またなかには家の番として、単なる共同生活者として誰に飼われるでもなく全体で扶養されているものもいます。
人々の暮らす住居はとても質素です。都市部の生活に慣れた目からは、一見納屋か作業小屋かと見間違えますが、家です。食べ物は畑や果樹や家畜たちが与えてくれます。生活に必要な日常品は竹や葉や木を使い、自分たちで作れるものは作ります。貧しいというよりも(もちろん裕福ではありません)家は雨露をしのげればそれで十分という大らかさを感じます。子供たちは歓声をあげながら道端で元気に遊んでいます。けっして困窮しているという印象はなく、別種の豊かささえ感じます。多くの家の軒先にはバイクかピックアップが。庭先には巨大なパラボラアンテナが立っており、隔絶した生活でもありません。
温泉も湧いています。場所は村を流れる小川。道の突き当たりにあるワイルドライフ・リサーチ・ステーションのゲートの手前の河原です。ボーリングなどで採掘した温泉ではなく、河原から直にコンコンと湯が湧いています。そこに直径1.2mほどの土管を縦に埋めて浴槽としたものが数本設置してあります。通称“土管温泉”です。各土管同士を青い樹脂製のパイプ(こちらで使われる水道管)で繋ぎ、そこに湧き出た温泉を貯めています。源泉から遠いほど湯の温度は下がるので、自分の好みの温度の土管(浴槽)に入ります。それでもかなり熱いので、川の水を洗面器で加えながら調整する人もいます。こちらでは肌の露出は厳禁、温泉も水着着用で入ります。地元の人たちは服を着たまま入るそうです。
ちなみにこの温泉、当初は川に流れるままで村の人々が洗濯に利用するくらいだったそうですが、こちらに暮らす日本人たちが、肩まで浸かれる温泉を、と役所に掛け合い許可を得て自ら土管を整備して出来たものだとか。さすが温泉好きな日本人。野趣溢れる見事な露天温泉です。
私たちが行ったのは2月14日のバレンタイン・デイ。タイはこの日はマカプチャー、万仏節です。仏教では重要な日で国の祝祭日になっています。歌舞音曲も控え、静かに過ごしお酒も飲んではなりません。実際この日はお店でもアルコールの販売は禁止です。
禁止ですから事務局直営の売店などでも「本日はお酒の販売はありません」と貼紙がされていました。とはいえフェス会場の地元の人々が出す屋台では普通にビールも買えました。自粛の雰囲気は特になく、いつもどおりの野外フェスの風景です。タイは人口のほどんとが敬虔な仏教徒ではありますが、山岳少数民族の人々の宗教は精霊信仰です。もしくは自立支援、職業支援の名目で入って来た宣教師の影響でキリスト教を信仰する人々です。宗教の異なる人々にしてみれば、重要な仏教行事もさして影響ないのかもしれません。たとえ国の祝祭日とはいえ、その辺はタイの大らかさでしょうか。
野外フェスのほうは、日本から来たアマチュアのようなフォークシンガー(日本語で歌っていました)がいたかと思えば、強烈なリズム隊で会場をグルーヴの渦に巻き込むダブ・レゲエバンドがいたりと玉石混淆。朝コーヒーを飲むため私たちにお湯を分けて貰えないかしら? やってきたのは隣に一人で小さなテント張っていた可愛らしいおばあさん。オーストラリアから来たそうで、話をしてみると出演者なのだとか! 「今日ステージで唄を歌うの。よかったら聴いていってね」とのこと。コーヒーを飲み終わるとリコーダーを取り出し、一人リハーサルを行っていました。一流どころの名うてのミュージシャンからゆる〜い感じのおばあさんまで、なんとも気持ちの良い山の麓の野外フェスでした。(Jiro Ohashi)