「あと2日分。でも、みんな仕事が速いし、わざとゆっくりするのは間違いだから……。」
「そうだ、アメニティの在庫を少し多めに作るのは?」
「あ、それはジャックも考えてました」
「じゃあ、それもスケジュールに!」
……そして、数日後。
「どうしたの? ジャックさん」
「うーん。もうアメニティ作りも終わってしまった……。」
「えぇっ!」
倉庫で、日に日に「空っぽ」に近づいて行く原料ガスールの袋たち(もうとうてい山とか、積んであるとは言えない)原材料を、私とジャックさんが渋い顔で見ながら、そんな会話を繰り返すようになって1ヶ月。「空っぽ」に近づくにつれ、私たちの胸の内は、熱い鉄板の上に置かれた猫のような心地に苛まれていました。
決算期の在庫調整、日本の取引先からの急な大量発注に加えて、モロッコからのガスールの原材料を積んだ船のバンコク到着日程が大幅に遅れ、私たちは製造用原料が尽きかけて、スタッフたちは失業の危機に陥っていたのです。前代未聞の事態です。
お取引先のたってのオーダーに応えるため、無理を承知で新たに募集をかけてスタッフの増員も行ったばかりです。
当初はこれもチャンスだと、石鹸製造やクリーム製造、パッケージの検品などを全社で行い各部門の技術交換、個々人のスキルアップに余念がなかった私たちですが、もともと、手を動かす事で多くを学び、思考と身体の相互的な考察力と今ある方法を改良してゆく創造力で仕事を進めるスタッフたち。
製造担当製品を固定化せず、時々シャッフルしてどんな製品の製造にも対応できるように人員配置を行っているため、どの製造ラインであっても異動経験のあるスタッフたちにとっては昔取った杵柄ですし、入ったばかりの新人たちも、それに負けじとあっという間に新しい業務に慣れてしまいます。
おかげで、製造マネージャーのジャックさんの綿密な予想をやすやすと越え、製造のペースは絶好調、それでついに「失業まであと何日」と指折り数えてしまうところまで至ってしまったのです。
そして、いよいよできる仕事も尽き、明日からもうどうしようという日の午前中、やっとガスールの原料は、はるばるモロッコからチェンマイへ届いたのでした。
船会社の事情で、船は予定よりも20日以上も遅れ、その遅れによって船の到着は、まさにバンコクのデモ激化の時期に重なり、一時は輸入の通関手続や輸送にも支障が出るのでは? と到着日程はとても不安なものになっていました。
さいわい混乱を避けるために船は普段とは別の港に到着し、懸念していた通関や輸送も無事進んで安心したのもつかの間。なんと私たちの20フィートコンテナは、その倍の巨大な40フィートコンテナ用のトラックに積まれており、いつもの通りこぶ牛や水牛も傍らで遊ぶ道を通り抜けて、敷地内の倉庫まで辿り着けない事が発覚しました。
こんな時は、工場から離れた運河沿いの農道に路肩駐車し、運送会社のトラックと私たちの会社のピックアップトラックでピストン輸送をしなくてはなりません。
しかし、そうすると荷物の上げ下げの回数は通常の2倍になります。またガスールは袋が破裂しないように、固形は砕けないようにと、丁寧な荷扱いが必要です。通常の入荷の倍以上の時間と労力がかかるのです。
もちろん、過去にもあった事ではありますが、なんということでしょう! 今回は大量の注文に応えるために入荷量は普段のおよそ2倍。いってみれば労力も時間も4倍になったようなものだったのです。
しかも製造現場の業務も切羽詰まっているために、入荷した端から製造スタッフはすぐにガスールの製品化作業を開始しなくてはならない。つまり、スタッフ総出での入荷の助力はできない。もう、あれもこれも泣きっ面に蜂でした。
(当然運送会社から荷下ろしのスタッフは来ますが、普段は製造スタッフからもサポートが出て作業をよりスムーズに終わらせるのが私たちの流儀です)
とはいえ、やっぱり仕事に誰もが誇りを持っています。その源となる原材料があるのは嬉しいもの。
「ああ、良かった! さあ、これで思いきり仕事ができるわ~!」
そんな風に、最初の荷下ろしは、勢いこんだガスール製造チームも何名か加わってピックアップに乗り込み、運河沿いの路肩に停めたコンテナトレーラーへと急ぎ、更に更に大急ぎで自分たちの1日分の製造量の原材料を積み込むと、準備万端整えて待機中の製造チームのもと、工場へ取って返しました。
(とはいえ、その後の出入庫管理や品質確認などはいつもどおりで一切手抜きはありません)
一方、入荷作業チームは、小分けにされているとはいえ総重量20トン近いものを2回、つまり延べ重量40トンを積んだり降ろしたりするのです。しかも荷扱いは注意深くなくてはなりません。
大変な重労働なので、休憩やランチはしっかり取りながら、天気も例年になく涼しかった事もさいわいして、まさに日没直前の午後6時には無事作業を終える事ができました。一度は日没後の夜間作業も覚悟しての荷下ろしでしたから、そのがんばりは見事なものでした。
空になったコンテナを積んだトレーラーが去って、残った運送会社のスタッフのお兄さんたちはもちろん、全体をまとめるジャックさんを筆頭に、倉庫での荷物の積み方を整理しつつ、力仕事でも尽力してくれる庭師のバーンさん、在庫管理のムックちゃん、品質管理のケッグちゃん、ガスール製造チーム・サブリーダーのラーさんたちも、庭の芝生の上に座り、会社からの慰労のビールやジュースで乾杯しながら、普段以上にやりきったという面持ち。
汗がひけ、一息ついた頃、ちょうど陽が沈んで薄紫色の黄昏に覆われたなか、これもまた会社からのお礼として、近所の屋台で作ってもらった晩ご飯用のお弁当を持って、三々五々、我が家へと帰ってゆきました。
商品が売れる事、発注を頂く事はもちろん大変ありがたいことです。しかし私たちが手作業で作るものは野放図に拡大を目指して製造したり、販売するものでもありません。
求めて下さるお客様に感謝しつつ、そして突然の発注にも最大限お応えしつつ、でもどこか価値観の齟齬を感じつつも、それでも尽力してくれるスタッフたちの一所懸命さ、気持良さに感謝した一日でした。(A.H.)