2015年7月7日火曜日

秘密のカオス山  from chaos

アジアの風景というと、大抵はごみごみした市場や清らかなものと汚れたものが混在する混沌とした風景をステレオタイプとして思い浮かぶのではないでしょうか。
しかしこの地で暮らして気づくのは、タイの人々の綺麗好きぶりです。
こまめにシャワーを浴び、肌が汗ばまないよう頻繁に天花粉を叩くさまに、匂いや肌触りについての敏感さは日本人を凌ぐのではないか? と思うことがしばしばあります。信仰的な清めの感覚はもちろん、美しいものやこざっぱりしたものを好む気質、それらに由来する身だしなみへの気配りにも並々ならぬものがあります。
私たちの会社のスタッフは、そんな天来のさっぱりした皮膚感覚と美意識に加え、長らく製造に携わってきた結果、この感覚が昂じすぎ、過剰なくらい。もはや職業病のようですが、製造の知識が深くなっていくほどにその作業や製品の細部に対する目配りや想像の幅は広くなりますから、普通より怖がりにも慎重にもなります。それはものづくりのプロの宿命です。
おかげで平生の作業は慎重な上にも慎重に、クオリティコントロールは厳格に。その業務環境も常に明るく清潔に! がモットーにならざるを得ないのです。

でも・・・。白い光に満ち清らかに整えられたのが自慢の私たちの工場ですが、実はすごいダークサイドが敷地の片隅、バーンさんの家と事務棟の裏にあるのです。
みっしり重ねられた段ボール紙、トルコ のオリーブオイルやモロッコのアルガンオイルの空タンク、ガスールが届けられる時に用いられている紙袋や麻袋、欠片が小さすぎ製品にできない固形ガスールを入れた大袋、我が家の修繕で出たガレージの少し錆びた鉄骨や床材、以前工場の敷地にあった古い家の古材やスレートやタイル、その他もろもろ多種多様な廃品が堆積しています。

その量はゴミ屋敷にも見えかねない迫力で、シンプルでミニマルがモットーの製造現場とは大違い。舞台裏のしっちゃかめっちゃか。
ほら!これぞアジアのカオスでしょう? と言いたくなる魔境です。
けれどこの強烈なカオスはバーンさんがこしらえた東屋の下にちょうど良く収まっており、目を凝らすと用途・素材別におおよそ分かれています。
またカオスの周辺は風通しが良い木陰で、現在57名に膨れ上がっているスタッフたちの1/3ほどはこの周辺で休憩をするので、地面は掃き清められているし、あちこちに竹のベンチや小卓も置かれ、食器も可愛く並んで、ベンチの上は働く乙女の小座敷・くつろぎ空間(!)になっていいます。また工場長のジャックさん、経理のブンさん、特に庭師にして施設管理のバーンさんは膨大な集積の中に何があるかをやけに知悉しており、魔境自体も生き物の如くゆっくり増減・代謝しています。
それゆえかこの魔境、廃れた物が堆積した場所特有の沈滞した気配はほとんどありません。
カオス、雑多、しっちゃかめっちゃか、ガラクタ、ゴミ屋敷と愛すべき場所の片隅について、まさに重箱の隅をつつくように散々書きましたが、種を明かせばここも私たちにとっては大切な「財産」。あるいは創造の源なのです。

なぜこの山が財産で、創造の源で、増減代謝をするかといえば・・・。
麻袋類は米や農作物を入れるのにぴったりで、田畑を持っているスタッフたちが分けあって持ち帰ります。オイルのポリプロピレンのタンクはフードクオリティなので、これまた畑仕事の時の飲料水を入れるのに重宝。これまた製造途中で出る、石鹸の削くずや不良品を溶かしたリキッドソープのタンクにもなります。段ボールや空き缶は量が貯まったら回収業者に引き取ってもらい、備品やおやつの代金になります。いわば貴重な福利厚生の原資の一部です。
それから固形ガスールの小さすぎる欠片は、植物の種によっては良い肥料になると何年も前にバーンさんが発見、庭木に与えられます。
ひとつの木が育つと周辺の土の保水力は高まり、適度な木陰によって他の植物を守り、工場や休憩所に涼しい風を送り場所の環境を整えます。売り物にならなかったガスールも一欠片だって無駄にならないのです。私たちの庭は、ラムヤイやマンゴーなどの果樹、空芯菜などが育つ食べられる美味しい庭ですが、それらの実りを味わう時には、遠いモロッコにいる親しい勤勉な人たちのことを思わずにはおれません。
また、古材からはこれまでもバーンさんの素晴らしい手が様々なものを作り出します。
sal laboratoriesのクリーム用スパチュラ(チーク製)、棚やテーブルや椅子、電気スタンドに始まり、時には作業道具のプロトタイプが発明されてしまうことさえあります。
つまりこの見てくれの悪い山は、製造現場にあると困るだけで、混沌から世界が生ずる世界創生神話のように、私たちには想像力を喚起する宝の山。周りに暗い雰囲気が漂わないのもさもありなんです。

さて、この「宝の山」から先月以来バーンさんが常になく特別な「大物」を作り始めました。
ひとつはスタッフたちのロッカー室兼物置。そして大所帯になった製造チームのためのバイクのガレージとジャックさんや来客用の自動車のガレージ2棟です。
敷地の片隅にあるロッカー室は1ヶ月をかけて無事完成しました。スレートの屋根やそれを支える梁、窓やドアは件の山から発掘されたリサイクル品。
どうやらバーンさんは、頭の中に件のカオスの中にあるものの閻魔帳があるようで、宝の山に保管して置いた木材や鉄材を大切に無駄なく活用してくれます。

そして、先々週からはガレージ2棟が着手されました。
すでに敷地にはユーカリ材の柱に草葺のガレージが3棟あるのですが、ユーカリ材はシロアリなどに食われやすく柱が傷み始めたこと、草葺屋根の傾斜が小さく雨を吸収したためそろそろ葺き替え時になっていること、スタッフの急増でガレージからあぶれたバイクが何台も出ていることなどから、雨季も本格化する前に、気がかりがある2棟を新築することにし たのです。

当初はシロアリ対策に、コンクリー トの柱(これは新規に入手)と鉄骨(こちらは宝の山から)で骨組みを作り、スレート屋根(これも発掘品)という案もあったのですが、バイクを大切にするスタッフ達やガレージの空きスペースでちゃっかり昼寝をするスタッフたちから、ここだけはスレート屋根はなりません! という声が出ました。
曰く「草葺の屋根は天井から涼しい空気が降りてきます。屋根の下を通り抜ける風は涼しくなります。バイクのためにも休憩のためにも非常に至極ヨロシイのです!」
私たちとしても、物置と違って日々目に入り、お客様も使う大きな屋根のガレージには草葺の方が風情を感じます。
バーンさんも、鉄骨で屋根の梁を作れば、屋根の傾斜を大胆に大きくできて、雨が降っても草葺の屋根の水切れは良く、葺き替えのサイクルが長くなります、柱と梁の交換も不要になったので自分としても管理がしやすいです、とのこと。
おかげで先々週からバーンさんは草と鉄とコンクリートの、伝統とモダン折衷のガレージ新築工事を着々と進めているところなのです。

先週末、ジャックさんとお客様用ガレージは一旦完成しました。
まだ一台も車の無い屋根の下に入ってみるとそれは鄙びた寺院の回廊のよう。天井からは藁の甘い香りが涼しい空気と共に降ってきます。スタッフたちが言ったように、風が渡ると涼しさと藁の香りが爽やかさなこと! 調和が心配だった鉄骨と藁の組み合わせもさっぱりクールで良い感じ。
それは陶器の器やミツロウのコーティングという古い形を継承しながら、シンプルに、そしてデザインやクオリティコントロールには現代的な知識や技術(ただし、あくまで自分たちの手に負えるもの)や感覚を取り入れる、 廃棄物は極力減らし環境との調和を試みながらそこに美しさも求める・・・。sal laboratoriesのコンセプトにもどこかしら重なる気がふとしてしまいました。

また、件の山も一見雑然としていても、個々の由来を考えれば、そこは国や職種は違えどシンプルでより良い物を作る、自然に寄り添う努力を続けるという近しい考えを持つ人や場所にたどり着きます。たとえ小さな切れ端や包みになってもその思いは残り、それを受継げば自ずと心のこもった気持ちの良いものができるというもの。まして、どんな物にも大勢の人が手をかけ心を砕いていることを身を以て知っている私たちのスタッフたちならばなおさら・・・。やっぱり、あの”山”は宝の山。きちんと生かし切らなくてはなりません。
そんなことを草葺き屋根の下で考えていると、バーンさんとお手伝いの男性たちが、鉄骨や砂利、重たい道具などを運んで来ました。いよいよ製造チーム待望のバイク用ガレージ着工これが完成するまではお客様用ガレージはバーンさんたちの作業場です。

「少し枝ははらうけれど、この樹は切りませんからね!」
バーンさんが工事エリアの端に生えているライチ老木を指差して言います。
バイクのガレージが木造だった頃、 梁の性質上木が屋根の一部を突き抜けるような構造を作れず、その規模はこの老木の手前までと、希望より小さくせざるを得ませんでした。しかし梁が鉄に変わることで、木を屋根の一部に取り込むようにして屋根を長く伸ばせるようになったのです。これはちょっと新しい素材・鉄を取り入れたおかげです。
更に先に新しい物置を作ったことでも老木とは反対側の奥の土地にガレージ用の空き地ができ、今度こそ全てのバイクを収容するに足る規模にできそうです。

あと少ししてガレージが完成したら、誰もがすっと屋根の下へバイクを滑り込ませ、涼しい空気が通る軒下におやつの袋を吊るすでしょう。
(草葺の軒下は天然の簡易冷蔵庫でもあるのです)
休憩時間には、誰かが空いているスペースに竹のベンチを持ち込んで涼しく空気と良い香りに包まれながらおやつを食べたり昼寝をしたりするでしょう。
誰もが忙しい午後、には可愛い番犬兄妹がみんなの大切なバイクを守りながら、冷たい地面に福々しいお腹をつけて涼むのでしょう。
そんな風にガレージがみんなに気持ち良く活かされる様子が目に浮かんで楽しくなってきます。こんな風だから、いつまでたっても裏庭に役立つカオス山を築くのを私たちはやめられないのです。(花岡 安佐枝)