商品を買う際には当然値段とスペック(性能はもちろん、大きさ重さ、色や手触り、素材や産地、新鮮さや味なども全てスペック)は確認します。しかし確認するにしても限度があります。
家電やオーディオといった類いは、値段と性能が頼りですから、デザインもまた商品自体に備わった性能のひとつに数えます。外箱のデザインなど誰も拘りません。
市場やスーパーで買う食品は、それが生のものであればあるほど、商品自体に備わった(生の)属性がストレートに商品の価値を表します。野菜やフルーツ、肉や魚の類いです。これらにデザインは基本的に入り込みません。
また生のものは、なにも自然のものだけを表すわけではありません。屋台のヌードルも豚肉の串焼きも、カオマンガイ(茹で鶏ご飯)やコンデンスミルクのたっぷり入ったアイスコーヒーも同じです。これらは値段の他の要素としては、産地や生産者(お店)といったブランドが幅を利かせる世界です。デザインの入る余地はまだそれほど多くはありません。
対して服はデザインの塊とも言えますが、これは衣食住の中でも特別です。寒さを防ぎ身体を保護するだけが衣服ではないように、それは権力を表し財力を表し、性差を表し官能を表現します。その人の属性を表し教養を表し、コードのわきまえを宣言します。
これらは素材や縫製の確かさと、それを生み出すブランドの物語によって支えられるのですが、服自体がデザインの塊だとしたら、ではデザインとはいったいどれほど強力なものでしょう?
ブランドは企画して作り出すものではありませんし、またデザインの手法でこしらえるでもありません。そのもの自体に本来備わった属性から生まれるものです。そういうわけで私たちは、新しいブランドを作るにあたっては、企画戦略会議から入るのではなく、ロゴやパッケージから入るのでもなく、まず生の製品自体を作る事から始めました。
なんとかそれが、少しずつ形を成してきましたので、これからデザインのことを集中的に考えてゆこうと思っています。私たちはデザインに対して最大限の敬意を払いますし、その大切さを知っているつもりです。
これからの作業では、とにかく信頼できるデザイナーと仕事をすることです。意中のデザイナーはすでにいます。来月東京で打ち合わせをします。来年中には完成させられればと思っています。(J.O.)