難産になるかと思った小さなクリームのパッケージデザインは、予想に反して大安産でした。
もとが製造現場を仕切るスタッフたちですから、全体の見回しが意識できれば、製造工程やその注意事項は言わずもがな、懸念していた資材調達の段取りも彼女たちにとっては当然の事。むしろ、自分たちがすべて考えて進める事で、チーム内の役割分担も進行も普段以上に迅速であったようにさえ見えました。
器にしたクラボックの実についても、それぞれが知っている知識の擦り合わせから、植物の特定や性質などの基本情報はもちろん、実の収穫の時期が寒季の終わりから暑季の始まりにかけてである事や、市場に出回る季節、近隣で収穫している人たちなどの連絡先も見据えて、アメニティを継続的に作るための下準備も着々と進みました。
これで、材料調達の見通しも製造ラインも、予算と所用時間も明らかとなり、後は私たちのアメニティのデザインプランが「ほしはなヴィレッジ」のお眼鏡にかなうかどうか? だけとなりました。
「ほしはなヴィレッジ」は一見ゲストハウスのように気軽でカジュアルな風をしていますが、その実はとても上質なリゾートのように、設備もサービスも充実している場所です。
「バーンロムサイ」の代表でもあり、かつては、ドイツでデザインを学び、東京で素晴らしいアンティークショップも営んでいた、名取美和さんという充分に良い物を見尽くし知り尽くした人が「これだけあれば、過不足無く快適に過ごせる」というカジュアルとエレガントとシンプルを組み合わせ、しかもその上質さに滞在する人を気後れさせない、負担にさせない絶妙のさじ加減がなされている、そんな場所。
ゲストになれば、その開放感、リラックス感たるや極楽ですが、お客様を迎える側になってみれば、その好みに合致するものを見つけること、作ること、しつらえることにはとても神経を使う場所だと言えます。
リゾートのコンセプトデザインに携わった身から言えば、お客様を迎える空間というものは、どこでも多かれ少なかれそうしたもので、厳密な好みの取捨選択をしなくては、その場所の質を維持する事は到底できないもの、ほんの少しの妥協がみるみる場を崩してしまう怖さは身にしみて知っています。
それにしてもそれを「ほしはなリゾート」は気負いない風でさらりと実現してみせていて「すごい」場所なのです。
そのような場所のために何かを作るということは、「お迎えする側」と「滞在する側」の二つの眼差しを入れ替えながら、作業をしなくてはならないということです。
でもこれは、皆が製造のプロフェッショナルだとしても、今回の初めての製品開発という役割の中では、情報も経験が足りないことは否めません。
そこで、あらかじめ充分想像力を働かせてアメニティの原型を作った上で、その場所の空気はもちろん、実際にどのような心配りがされているのかを、現地でじっくり観察し体験し、自分たちのプランがそこに相応しいかどうか確かめようではないか!ということになりました。
実は、短い時間の中、他の日常業務もこなしながら、今回の挑戦に立ち向かっているスタッフたちに「リゾートで過ごす休日」というサプライズをプレゼントしたいという思いもあったのですが。
そしてとある週末、見本を携え、私たちは「お客さん」として「ほしはなヴィレッジ」に滞在する日がやってきました。
仕事を少し早く終えて、リゾートへのお出かけのため、ちょっぴりお洒落もしたSAL Laboratoriesチームのコアメンバー、ジャックさん、カーンさん、ノイちゃん、トイさん。
車の後ろに着替えの入ったそれぞれのバッグも積んで、いざ出発! と思った矢先です。
「ちょっと待ってください!」
姿が見えないと思っていたノイちゃん、トイさんが持って来たのは小さな衣装ケースが2つ。普段製造現場で、道具箱として利用しているものを、急遽空けて持って来たようで、あまりにリゾートには不釣り合いです。
本人たちもそれはわかっているようで「これ、大丈夫かしら……」と、困惑気味です。
「どうしたの!? それ?」
「私たちの作ったアメニティが、もっと場所にぴったりになるように、部屋でも考えてみたくって……」
衣装ケースの蓋を外すとそこには、アメニティを包むハンドタオル用の布が数種類、ラッピングやインテリアの本が数冊、華奢なコットンやヘンプの糸、手透き紙の束、ハサミ、セロテープ、これまで皆が書き溜めたノートなどなど、色々な素材や資料、道具類がびっしりと入っているではありませんか。
やっぱり持って行っちゃダメかなぁ……。でも……。という不安と心意気が入り交じった皆の顔を見ていると、ぎゅっと抱きしめたくなってしまうような、何とも愛おしく、想いが込み上げて来てしまいそうです。
「そう、そうだね!うん! それは本当に大事だね!がんばって! でも、お客さんとして楽しんでもみなくっちゃね。今回はそれも仕事のうちだからね!」
「はい、がんばります!」
そんなことを、私たちは工場を後にしました。
チェックインを済ませ、空は淡い紫色に暮れなずみ、もの皆金色に輝く敷地内を散策していると
「ちょっとちょっと、みんな! あれをみて!」
カーンさんが指さしたのは、彼女たちが泊まることになっているコテージのすぐ脇に生えた大きな木肌が滑らかな木が茜色に輝いています。
「へっ??」
「クラボック!」
「ぎゃっ!あれなの!?」
「きゃ~!」
「すごーい!」
「へえぇ〜っ!」
何しろ数時間前まで、クリームを入れる器、クラボックの木の実で大盛り上がり、大騒ぎしていた私たちです。どこかぞくり、としてしまう程のあまりの偶然。
誰もが一斉に歓声や悲鳴をあげてしまったのでした。
「あら・うふふ……。」
そんな中、時折、工場の敷地でも精霊が見えたりしてしまう集中力の女王・ノイちゃんだけが、やけに冷静に微笑んだのが一層この出来事の「ぞくり」を盛り上げたようでした。
その後、コテージのテラスからは、ジャックさんのダメ出しの声、皆が笑いながらあれこれ包みの形を試す声、ベッドルームの窓からは、アメニティを枕元に置いて「とっても素敵! 私たちが作ったんだよね!」という歓声と、カメラのシャッター音が聞こえてきました。
そして翌朝、直前までの努力の甲斐あってか、彼女たちの産まれて初めてのプレゼンテーションは大成功。
大満足の名取さんからは「いつ納品できるかしら?」という質問まで受けて、ジャックさんはそれにもさっと答え、私たちにも、ミーティングに参加したリゾートスタッフの方たちにも一層頼もしさを見せてくれました。
そして最後に、ところで実は……、と話したコテージ脇に生えていたクラボックの木の偶然には「ほしはなヴィレッジ」の名取さんたちをも「ぞくり」とさせる不思議な空気があたりにさっと漂ったのでした。
精霊信仰が色濃く残る北タイでは、大きな木には必ず精霊が宿っていると言います。
中には人を困らせる悪戯好きの精霊も居ますが、多くは人を優しく見守り助ける良き精霊たちです。
この美しい木の実の器も、自然と近しく暮らしている我らがスタッフたちだからこそ、クラボックの精霊達がそっと耳打ちし、人知れず支えてくれてくれたのではないか? どうも私にはそんな気がしてなりません。
私たちは「自然に学ぶ」をもの作りの柱のひとつにしていますが、それはこのように、自然に畏敬を持ち、その姿を愛し讃え、その声に耳を澄ませる事から始まるのではないか?とも思えて来ます。
「ほしはなヴィレッジ」にある緑の実を鈴なりにさせたクラボックの木。あと数ヶ月でその実は地面に落ちはじめ、収穫の季節となります。このクラボックの実もスタッフたちが集める事を名取さんは約束してくれましたから、来春のアメニティからは、リゾートで採れる木の実がクリームの器になり、この実のオイルも遠からず、石鹸かなにかの原料となるはずです。(A.H.)