最初に現れたのは「痒み」です。
こちらは水や緑がたっぷりあり、リスやトカゲや鳥たちといった小動物も多くいます。猫や犬、水牛やヤギ、そして象といった人に飼われている大きな動物も沢山いいます。当然小さな虫たちも沢山います。特に蚊には注意が必要です。タイ北部の都市とはいえ、ここは亜熱帯の地。蚊はさまざまな病原菌を媒介します。特にデング熱には注意が必要で、これによって死にかけた人間も身近にいます(さいわい九死に一生を得て、現在は元気でいます)。
庭で作業などしていると必ず蚊に刺されますから、気温40℃近くの日中でも長袖長ズボンは欠かせません。また黒い服もダメです。蚊を呼び寄せます。芝刈りなどの作業の前には虫除けスプレーを噴霧します。家の全ての窓やドアには網戸が付けられています。とにかくここは蚊に対する対策は必須の場所ですが、それでも蚊には刺されます。
体質が違うのか、食べるものが違うのか、それとも単に私の血が美味しいのか、とにかく蚊にはよく刺されます。しかしタイの人たちが痒そうにポリポリ掻いているところはあまり見ませんから、彼らはあまり蚊に刺されないのか(いや、そんなはずはない)と羨ましく思います。
刺されるとそこがぷっくりと膨れ上がり、見た目も気分的にもそして実際も、非常に強い痒みを感じます。痛いのも痺れるのも嫌ですが、しかしそれは快感へと移行することさえ可能な紙一重の辛さ、やはり不可逆的に圧倒的に辛いのは「痒み」なのかもしれません。
最初は蚊だと思っていました。しかし市販の痒み止めの薬を縫ってもしばらく時間を置いても、腫れも痒みもいっこうに収まりません。また、どうやら発疹は拡がっているように見えました。その拡がり方は面ではなく線状に、しかもリンパの流れに沿って拡がっているように見えます。痒みは次第に軽い痛みを感じるようにもなっています。
そういえば先日はリンピン(日本食など輸入食材の豊富な外国人向けスーパーマーケット)でサーモンを買って食べました。フルーツも毎日食べており、今が旬のマンゴーも沢山食べています。
以前にも同じようなことがありました。7〜8年前のことですが、当時も全身に痒みを感じ、最初はダニか何かが部屋にいると思い、バルサンを焚いてみたものの収まらず、皮膚科を受診しました。医師には「昨日食べたものを言って下さい」といわれ「コンビニでおにぎりを買って食べた」というと「その具材は?」と訊く。変なこと訊くなあ、と思いつつ「シャケのおにぎり」というとピンポンという顔をして「それです。ヘルペス、帯状疱疹ですね」との診断。
シャケっていってもほんの少しですよ。と言っても「そのほんの少しが反応しているんですよ」とのこと。「最近疲れていませんか?」と言われ、「過労とストレスから免疫力が低下して帯状疱疹を発症したのです」という。言われてみれば、たしかにその時はゲーム関係のプロジェクトにかかり切りで、けっこう大きな予算とスタッフを回しながら疲労困憊していた時期でもありました。
受診した皮膚科クリニックでは、免疫力を上げるための太い注射を打たれ、飲み薬と塗り薬を処方され、「また来なさい」とのことで、しばらく通院しては注射を打たれ続けたことをよく覚えています。
というわけで、自分では全く意識しなかった過労とストレスからくる免疫力の低下によるヘルペスか、と思い至りました。最初は蚊かとも思いましたが、可聴領域の外から来るモスキート・サウンドのごとく、自分では意識することなくいつのまにか攻撃に晒されていたようです。
サーモン(シャケ)には以前にも反応したし、マンゴーはうるし科の植物です。実際これに反応の出る人も多くいます。自分では気がつかなかった分「ああ、身体が正直にサインを出してきたか」と思いました。
免疫力が低下すると、普段ならなんの問題もない食べ物などにも敏感に反応が出ます。アレルギー反応を誘発します。「ああ、私は疲れているんだ。強いストレスに晒されていたんだ」と思い至り、素直に病院へ行きました。チェンマイ市内で一番大きく、設備も整っているといわれるチェンマイ・ラム病院です。ここには日本語の通訳スタッフもおり、難しい医療用語も丁寧に説明してもらうことができます。
「ヘルペスではないかと思う。以前にも同じようなことがあった。思い当たる事もある。サーモンも食べた。マンゴーも食べた。こちらに来たばかりで環境が大きく変わった。気候も違う、食べ物も違う。言葉も不自由だ」。と自説を展開し、ヘルペスの可能性を得々と述べたものの、検査ののち診察した医師はあっけなく「接触性のかぶれですね。あと汗疹かなあ」とのこと。少なくともヘルペスでは全くないとのこと。
過労でもなくストレスでもなく、ましてや免疫力の低下などでもないという。実際、飲み薬と痒み止めの薬を貰って塗ったら治りました。(Jiro Ohashi)