どちらも既に10年選手。30代なのに童顔(?)で年齢不詳です。ここまでは二人共通ですが、ジャックさんが声や雰囲気が愛らしく、健気で柔らかなのに対し、ブンさんは声も居ずまいも密やかでいてきりっとした、ボーイッシュな風情です。
そのせいか、決算などの節目に会社にやって来る会計事務所のスタッフ、ベンさん(女性です)とは学校の同期でもあるそうですが、抜けるような色白の肌とセミロングの少し色の薄い髪の清楚な美貌に似合うワンピースやブラウスとスカート姿のベンさん(見た目はいかにも可憐ですが、実務に関しては切れ味鋭いナイフです)が、ジーンズにTシャツ姿のブンさんと、澄んだ声で静かに話し合いながら仲良く仕事をしている様子は、姉と弟のようであり、また微かに女子校のプラトニックラブや宝塚めく芳しい雰囲気。
声を掛けるのが申し訳なくなるような、恥ずかしくなってしまうような、まさに「腹心の友」のきれいな空気が漂います。きっとお互いに、共に学び切磋琢磨してきた友人への深い信頼があるのでしょう。この腹心の友二人が、税務署の理不尽な要求にも、冷静かつ敢然と対応してみせた武勇伝は、記憶に新しいところでもあります。
そんなブンさんですが、普段はこの人の中にはネジが入っていて、それが揺るぎなくカチカチと動いているのでは? と想像してしまうほど淡々と、もうこれ以上の実直は無いのでは?? いやそこまで詰めなくても・・・。と、こちらが思ってしまうくらい、きちんと着実な仕事ぶりです。
おかげで、ほんの少し書式から外れた領収書をもらって来ようものならば「これではいけませんよ」と厳しい対応をするので、畏怖もされています。かといってダメだの一点張りの木で鼻をくくった態度で突き返すわけではなく、その理由とどうすれば良いかを丁寧に伝えます。自分のためだけでなく、相手のためも思った対応をするのもまたブンさんなのです。
畏怖されていると言いましたが、これはあくまで仕事の緻密さに対してで、昼食の時は現場の姐さんスタッフたちと、冗談を言いあいながらお弁当を分けっこしている、おおらかで気取らないのもまた彼女です。
そんな姿勢はスタッフたちの雇用環境への目配りにも反映され、我が社の休日や社会保険などの対応の堅実さと細やかさは、スタッフたちの会社への信頼の要因の一つともなり、おかげでスタッフの定着率は限りなく100%に近いものとなっています。
一見恬淡としているようでいて、物事に深い気持を持ち、仲間や会社を常に心にかけ、そのためには、必要とあらば大胆な判断や勇気ある意見を出すのも臆さないことからも察せられるように、生真面目なブンさんの内側は柔軟でダイナミックです。
数字やルールを扱う事は、ともすれば「こういう決まりです。こういうものなんです」という、無味乾燥な事に思われがちですし、実際そのような対応がされる例もままあります。しかし、ブンさんは、その方法の活用によって人も場所もより良くあるよう支える事を、自分のミッションにしているように見えますし、そのために方法を学んできた事が、経理会計担当としての彼女の矜持となっています。
ブンさんを見ていると、一見制約に見える事もきちんと実行することで、より良い真っ直ぐな道が開けるのだという勇気が湧いて来ます。
ある時、ブンさんと一緒に屋台で昼食を取っている時、最初は仕事の話をしていたのが、なぜか田舎で過ごした子供時代の思い出に繋がり、ふとブンさんは言いました。
「ブンは、雨が好きなんです」
「え! そうなの?」
「雨の音は、どんな音も良いですが、今日みたいに静かな雨が屋根や木の葉にあたる音を聞いていると、心がひんやりした水のように静かになって安らぎます。土や木の葉の匂いがするのもとても気持が穏やかになりますね。田舎の家にいるようであり、子供の頃の事を思い出したりもします。だから、雨の日の日曜日が大好きです」
ブンさんはチェンマイから100キロほど北の村で、農業を営む両親のもとで育ったのです。
家は昔ながらの高床式、お母さんは明るく気風の良い人で、様々な植物の知識も深い一方、広い果樹園や農場の切り盛りの手際も見事な人、お父さんもおったりとしながらも実直な人です。緑豊かな中、それについて物語り、実際にその緑と関わる事を生業としている両親の間で育ったことは、ブンさんの資質に大きな影響を与えたに違いありません。
「ブンは、植物も大好きです。庭に色々なサムーンプラーイ(タイ語でハーブのこと)や果物を植えて料理をするのは楽しいし、できれば庭に小さな菜園も作りたいのです」
なるほど、ブンさんの家(今は実家を出てチェンマイに家を建てました)は室内も、その性格を反映して常に清潔で整理が行き届いています。庭にもタイ伝統の有用植物たちはもちろん、薔薇やローズマリーなども植えられ、それらの根元の土はいつもふっくら黒々とし、いかに大切に育てているのがわかります。きっとそうしたハーブもしっかり活用しているのだろう、彼女のお手製のお弁当が思い出されました。
終日細かな数字や役所や会計のルールなどと、淡々と向かい合うブンさんですが、その内側にはとても瑞々しく、大きな世界が隠れているのを感じた、涼しさと豊かさに満ちた昼のひと時でした。
今朝も「これどうぞ。とても綺麗でしょう、美味しいんです。良い香りだから、机の上に置いてください。気持よいですよ?」と、立派なマンゴーを社内に配ってくれました。
このマンゴー、ブンさんが自分の庭で牛糞の肥料を手ずから作り、果実にはひとつひとつ袋掛けまでして丹精こめて収穫したオーガニックなものでした。その手間を語ってくれる彼女は、目が輝き、いたずらっ子のように生き生きとしたものです。それにしても、なんと我が社のアカウントマネージャーは沢山の顔を持つことでしょう!
金色だけれどまだ実は硬く、甘いだけではなく、爽やかなジュニパーや松の葉のような、涼しく少し苦い針葉樹の香りを放っているマンゴーは、まるでこれを育てた当人のようです。金の果実を鈴なりにした樹と一緒にいるブンさんを思い浮かべるだけで、こちらの胸まで穏やかで涼しくも暖かいものに満たされるような心地になります。
マンゴーの心地よい微香に包まれていると、ブンさんが、会社の将来に願うことは普段から聞いていますが、その願いの源になっている事どもも更に聞いてみたくなってきます。
例えば、彼女が感じているタイの季節の移ろい、植物は果実の香りを楽しむ喜び、以前話してくれた雨の日の事のような幼い日々の原郷などなど、彼女の目を通した世界について、時折物語って欲しいと改めて思うのです。きっと豊かで新鮮な言葉が溢れてくることでしょう。(Asae Hanaoka)