おかげで毎日ソンクラーンの頃にも似た暑い日が続いています。あと2ヵ月ほどしたらやってくる寒季を思うと、この時期のこんな熱気と小雨は旱魃の原因です。農家にとっても大きな打撃ですし、ありがたくないこと極まりないですが、ひとつだけ今年は私たちにとっては助かることがあります。
始まって2週間経った新棟、ガスール棟の増設工事です。
最初の週の3日ほどこそ、スコータイ地方で洪水が出るような大雨で、「なんで工事が始まった途端雨なんやろ」と担当女史は苦笑いしていましたが、その言葉が天に届いてしまったのか、それ以降は連日の天晴な晴天続き。そこへ真面目な現場監督と職人チームの堅実な仕事ぶり、バーンさんや担当スタッフ、あろうことか過去に工事現場の仕事の経験があるスタッフが他にも数名いて、彼女らの何気なくも鋭い目配りが相まって、みるみる基礎と柱の枠ができたと思ったら、週末にはそれらはコンクリートでしっかり固まり、今日は、梁を作る骨組み作りが始まってしまいました。
この工事で面白いのは鉄筋コンクリート造りのモダンな建物を作るにも関わらず、壁の骨組みや作業用の足場は、竹やユーカリを組んで作る点です。
竹はいかにも緑豊かな東南アジアらしく感じます。道具や工事現場の足場にもなれば、燃料にもなり、むろん放っておいても土にも還り、なおかつ成長の早い竹は、この地では古くから、籠や天井、壁材として編まれ、平に広がるように刻み目を入れて割って屋根の材になります。またダイナミックに輪切りにしてコップや器や、素朴で優美な家具に姿を変えます。こうして長らく生活に取り入れられてきた素晴らしく汎用性が高いサスティナブルな資源です。
ユーカリも土地が痩せていたり、水が少ない地域でも早く育つ樹木として、一時期、あちらこちらで良く育てられた木です(最近では、更に土地を痩せさせること、地域本来の植生を生かすという見地から、以前ほど用いられなくなっているという話もありますが)。まさに私たちの工場を建てるのに相応しい資材と言えそうです。
そんなご託を並べなくても、ホンダの大きな販売店の出店告知や選挙、警察の道路規則、シックなコンドミニアムを売り出す広告看板などを建てる支柱も多くは竹、電電公社や電気会社の職人たちが電柱に登る時の梯子も竹です。そうした需要に答えるべく、竹の棒を売る店は方々で良く見かけます。そのように至る所で竹は、未だごく普通にタイの生活の中、現役で活躍しています。
話が横道に逸れました。
一見全てが順調そうな、興味深く明るい空気満ちる工事現場で、小さな事件が起きました。
床の基礎にコンクリートを流したのは週末土日の事ですが、明けて月曜日。
基礎とどこかローマの遺跡などを想起させる柱を眺め、うわぁ、なんて素早い手際だろう。と、完成した工場を思い浮かべながら基礎の上に立った瞬間。
目に入ったのは、足元にアブストラクトに散らばる花模様。
慎ましい梅の花模様もあれば、花というにはいささか荒々しくいびつなのもぽんぽん、ぽてぽて、ぱたぱたと沢山。
どうやら休日中、この風通しも見晴らしも良い気持よい空間を、一足先に存分に満喫した輩たちがいたようです。
まだ固まりきらない、コンクリートの上を歩くのは、新雪の上に最初の一歩を刻むようでさぞかし楽しかったでしょう。
水気を残し、ひんやりした床は、ふかふかした毛皮のお腹から熱を取り除いてきっと良い塩梅だったでしょう。
そういえば、以前、倉庫前の大きなコンクリート敷きの通路を活用して、トン単位のガスール作りの大規模なワークショップを社内で行った時にも、そのガスールの真ん中に立派な花型を残し、ジャックさんたちに大目玉を喰らった真っ白な尖った耳が可愛い小柄な毛皮族がいたのが思い出されます。
ちなみに、ガスールは肌理の細かいなめらかな製品を作るために、粒子の粗い原材料鉱石をいったん水に溶き、屋外のテラスなど平らな場所に薄く広く流します。水をたっぷり含んだガスール溶液は天日に晒される過程で微細な気泡を含み、自然乾燥してひび割れ状になったものは、ふわっと溶けやすいチョコレートの欠片のようです。そしてこれを集めて製品とするのです。この天日干しの段階、チョコレートのように美味しそうな一面茶色のきれいな床に、先代の番犬くん "毛皮族のいたずら者" が侵入し、しっかりとその足跡を残したのでした。
さて今回の侵入者たち、これはもうどこからともなくやって来て、不思議な道具を沢山持った見慣れない姿や匂いに、ばうわうと吠えたて見知りしていたのもつかの間、「危ないぞ!」と叱られながらもニコニコ笑いながらトラックが運んでくる砂山に駆け寄っては穴を掘り、鉄骨の匂いを嗅ぎ、他所から到来するものを見聞していた我が社の毛皮を着た警邏隊、由緒正しいタイ犬の血を引く「ミー・チョック(ラッキー君)」、「ミー・スック(ハッピーちゃん)」兄妹です。そして、”たぶん夜は”鼠駆除などで活躍しているだろう、でも本当は何をしているのかよくわからない、ひねもすのたりのたりの白黒猫「うしくん(牛柄なので)」の仕業であることは間違いありません。
もちろん昼間は、その身を思いやってですが「寄るな!」「ごら!危ない!」と叱られてばかり。不本意の日々を送っていた番犬兄妹は、誰かの役に経つのが幸せという犬の優しい本性に従って、工事を応援し現場を偵察、安全性を確認するつもりだったのでしょう。
うしくんの方は、純情な兄妹に先住者としての存在感を見せつけたかったのか、単に涼しかったからだけかもしれませんが、それぞれ、人の気配が去った工事現場へそっと忍び込み、それぞれに新しい場所を見聞し、証を残したのでしょう。名高い史跡や山中の大きな岩にうっかり印を付けたくなる、人も犬もいつの時代もやることは一緒です。
それにしても随分と賑やかな印ですが、その「仕事」の証は、配管や内装工事によって遠からずどこかへ紛れてしまうことでしょう。
それでも職人さんたち、スタッフたち、大勢の目や気持が刻まれながらできあがって行く場所に、一緒に暮らしている小さないきもの達も興味津々、そこにともにありたいという気持は、懐の奥のお守りのようにそっとこの場所の奥底に秘められながら残ることになります。
私たちが作るものの材料は、苛性ソーダを除けば殆どが土や木、植物や蜜蜂からもたらされているものです。
それらを美しいものに変容させるのは人の手ですが、それも他の生命たちの恩恵を受ければこそです。そのように様々な生命が共にある事を感じる場所を作るのです。小さないたずらものたちがその痕跡をつけたとしても、それは歓迎すべきこと、様々なものが共にあるという愛おしい証明の印のように思えます。(Asae Hanaoka)