2014年4月27日日曜日

アメニティの話 amenities media

飛行機に乗った際に貰うアメニティキットが密かな楽しみです。実際に機内で使うかというと、使わずにそのまま持ち帰ることが多いのですが、その趣向を凝らしたポーチや意外な提供ブランドを見るだけでも結構楽しめます。利用する路線やエアラインによって採用されているアメニティも様々で(中身はどれも似たようなものですが)、誰もが知る老舗ブランドもあれば、これはどこのメーカーだろう? とそこで初めて目にする新興ブランドもあります。

エアラインの機内アメニティはある種のメディアともいえ、各国のさまざまなブランドがこれを提供しています。いま日本のエアラインではANAは資生堂やロクシタンでしょうか。JALはよくわかりませんが(ビジネスには特に提供ブランドを冠したポーチはない?)、ファーストクラスはロエベだとか。私のよく利用するタイエアーはポルシェデザインやerb、クラブツリー&イヴリンなど、わりあい頻繁に変わるようです。
実際、機内アメニティの提供ブランドに変更があった場合、多くのエアライン広報はプレスリリースを出して広く告知します。その際にはよく「○○○航空と△△△ブランドとのコラボレーション」という表現が使われるようです。提供したブランドの側でも、自社製品がエアラインのアメニティに採用されることはそれなりのステイタスでもあるので、こちらもまた同様にプレスリリースを出して告知します。

これは何もアメニティに限ったことではありません。機内で提供されるアルコール類にしても「○○○航空のファーストクラスに採用されたワインです(もしくは日本酒です)」となれば、そのシャトー/醸造元のステイタスは更にぐっと上がることでしょう。
先日、日本の酒屋さんで長野の御湖鶴という日本酒を買った際に(芳醇端麗で大変美味しいお酒でした)、その蔵元のパンフレットを貰ったのですが、ここの最高ラインの純米大吟醸はJALのファーストクラスに搭載されているとの記載がありました。数年前にシンボルマークを往年の鶴のマークに戻したJALですが、御湖鶴の蔵元 菱友醸造の家紋もまた同じく鶴のマークです。当然意識してのことでしょう。海外の乗客などはあたかもJALの誂えたオリジナルSAKE(日本酒)かと錯覚しつつも、大きな満足を得るでしょう。飛行機の客室という空間自体がメディアとして認識される所以です。

メディアといえばかつては新聞、テレビ、雑誌、ラジオといった所謂4大マスメディアの時代が長く続きました。しかしこれには現在、違和感を覚える人が多いでしょう。新聞はもはや取らない(定期購読しない)人も多いですし、テレビは放送プログラムを視聴する装置というよりは、むしろネット経由のコンテンツや映画などのパッケージメディアを見るためのものというほうがしっくり来ます。雑誌やラジオに関しても、もちろんメディアではあるでしょうが、それを「マスメディア」と呼ぶほどの影響力はほとんどの人は感じないと思います。
これらの衰退はよく言われます。例えばかつて、音楽の主な流通メディアがCDであった時代は、ある特定の影響力のある大型店舗(CDショップ)もまたメディアとして認識されていました。東京、更には90年代半ばより数多くのレコードショップが凌ぎを削った渋谷を例に取れば、「タワーレコード渋谷店」などは、レコード会社や大手広告代理店からも明確に「出稿メディア」として捉えられていました。その各売り場の平台は各社争奪戦で、自社レーベルの新譜を並べることに成功すれば、それはかなりのプロモーション効果が期待できました。

とはいえCDというメディアがその役割を終えると、それを販売する店舗自体もまた役割を終え、更には一部のメディア性を纏った旗艦店もその役割を変更せざるを得ないでしょう。かつては永遠に続くかと思うほど強大な影響力を誇った4大メディアが、新興メディアであるネットに易々と凌駕されてしまうのを目の当たりにすると、到底変わるはずがないと思われて来たさまざまな物事や関係性も、どんどん変更され更新されてゆくこの事態を受け入れざるを得ません。とはいえそれは阻むべきこと、押しとどめることとも思いません。

飛行機の中のアメニティのように、いっけん数十人〜数百人の小さなメディアであっても、その背後には当然のこと巨大な資本のベース(世界のエアライン)があります。誰もが知るハイ・ブランドから、東南アジアの新興コスメブランドまで、ラグジュアリーな空間と上質な顧客に向けて投下されるさまざまなクリエイションと、ポジション(アメニティ採用)の争奪が密集しています。
とはいえこれも、かつてのCDがそうであったように(移動手段としての)そのステイタスは永遠に続くものでもありません。あまり想像したくはありませんが、LCCが更に顧客を増やしたとすれば、近距離であれば、例えば電車の吊り革ならぬジェットコースターのような安全バー固定の「立ち乗り」だってあるかもしれません(実際そういう計画もあると聞きます)。エアチケット代が更にどんどん下がれば、クラスの別なくアメニティなど真っ先に廃止されることでしょう。

アメニティはその製品単体では存在できません。あくまでそれが提供される環境を得て初めて成立するものです。私たちは製品を作るのにその品質や性能、安全性はもちろんのこと、施されるパッケージデザインや周辺に存在するアートワーク、製品の置かれる環境、使われるシチュエーションも含めて、作り手である私たちの提案するライフスタイルを込めたいと考えています。私たちは製品のことを、利益を生む商品であると同時に、本やCDや映画といったメディアでもあると認識しています。
私たちの製品づくりがアメニティセットからスタートしたのはこうした理由からです。(Jiro Ohashi)