2016年5月30日月曜日

ガスールの季節がやってくる  summer, ghassoul, morocco

ぱらりと本のページが新しく開かれたように、今年の雨季が始まったチェンマイ。
地上のすべてが花や土の香りを含んだ柔らかな湿度と涼しさ、澄んだ空気にたゆたうような心地をうっとり味わっています。
それにしてもここに至る数週間は、連日最高気温が40度を超える思い出すのも辛い毎日でした。
湿地の泥もひび割れる乾きのために、ある時期から蚊がいなくなってしまったのに思い出したのは、以前モロッコのマラケシュで真夏に仕事をしていた時の40度を超える昼下がりのことです。

そんなマラケシュの暑い午後は、人は分厚い土壁に漆喰の壁がひんやりとした薄暗い部屋の奥で、午睡の中で暑さをやり過ごし、猫や犬や家畜たち、人の近くにいる動物たちはオリーブの木陰で眠りますが、それだけではありません。鳥たちも鳴くのをやめて木陰に隠れ、ハエや小虫も飛ぶのをやめるほど。おかげで外は生きるものの気配が消えて恐ろしく森閑とし、ただ太陽だけが明るく空気が発熱する沈黙の午後がやってくるのです。
かつて、ベルベル人が都を築いだスペインのアンダルシア地方の詩人、ガルシア・ロルカが書いた詩『角突と死』で繰り返される、午後の5時の情景の中の ガラスとニッケルの光ばらまいた酸化物の午後です。(スペインの昼間の時間帯は緯度の違いから日本より2時間くらい後の感じです)

実は、チェンマイの夏(2~4月)とマラケシュの夏(68月)はいずれも内陸の盆地であり、サバナ気候の乾いてとても暑くなる感じはよく似ているのですが、マラケシュのあの暑気と沈黙の午後をチェンマイで体験するのは初めてのことでした。
本来チェンマイでは最高気温が36度に届くのも珍しいこと。以前私たちの会社が始まったばかりのエアコンもない、古いチークのタイ式の家で仕事をしていた頃には、3時までに気温が36度に届いた日は午後の休憩時間を15分から30分に延長するという、牧歌的な就労規則があったほどです。そんな日に限って行商のアイスクリーム屋さんが庭にやってくるので、私たちは甘くて冷たいお菓子を食べながら、ラムヤイやマンゴーの木陰でいつもより長い休憩時間をのんびりするのが常でした。

今は建物はコンクリートになり、スタッフの人数もお客様からの注文も増えたため、やむなくエアコンの導入も何年か前から行い、アイスクリームの差し入れはあっても、休憩時間の延長もなくなりましたが、それにしても今年の連日の40度越えは、室内の気温が下がらず、就労環境としても石鹸やバームの製造条件としてもあれこれ工夫が必要な、大変悩ましい日々でありました。
この焼けるような毎日のある日、チェンマイにもあの ”生き物たち全てが息を潜め、庭が沈黙する午後” がやってきて、マラケシュのあの午後を思い出し、彼の地はまさに私たちがなんとかしのいだ暑い季節がまさしくやってくる頃、その炎天下の中ガスール作りの最盛期が始まることを改めて思ったのです。

それにしてもモロッコでは、わざわざそんな酷暑になぜガスール作りをするかといえば、その気候が上質なガスールを効率よく作ってくれるからです。

その理由をいくつか挙げるならば・・
*そのままでは水に溶けないガスールの原石は、天日干しをすることで自然に細かく砕け、原石の中に水が入り込む隙間が大きくでき、それで初めて水に溶けるようになるから。さらに、天日干しも寒暖差の激しい夏の方が効率が良いから。
(固形のガスールを作るには、まず原石を水に溶かした液を作り、ろ過し、原石の中に含まれる硅素の結晶などを取り除かなくてはなりません)

*吸水性が高くなめらかに溶ける固形ガスールを作るには、できるだけ早く溶かしたガスールを乾燥させなくてはならないから。
早く乾燥することで、固形の中に沢山の小さな空洞ができ、ガスールの高い吸水性をさらに活かせるようになるため。
(気温が下がってきた時に作った固形ガスールはゆっくりと乾燥するので、中の密度が詰まり、水の吸収がゆっくりで、なめらかな手触りになるのに時間を要します)

こうした原石や原液の乾燥のためには、時には80度以上まで熱くなる石のテラスや、暑い風、強い日光が3つながらに欠かせないのです。強烈な自然の力を借りるためとはいえ、また、年々積み重ねてきた知恵をもとに製造の設備が効率化されているとはいえ、暑い季節に大変な作業をたゆまず続ける、モロッコのガスール作りに携わる人々の尽力には、感謝するよりないと改めて感じます。

「アシア(モロッコでの私の呼び名で、ガスール鉱山の採掘会社で働く女性がつけてくれた)、君が持っているガスールをちょっと分けてくれないか?」
「いいよ?」
「ついでにアルガンソープもあると嬉しいなぁ。母さんや妹たちが好きなんだ。肌が柔らかくなるそうだよ」

マラケシュで仕事をしていた頃、ガスール工場のスタッフのお兄さんたちの帰宅際によくした会話です。

ガスールを作るプロたちが、なぜチェンマイからきている私から、わざわざガスールとアルガンソープをもらうのかといえば、製造現場には当然ながら在庫管理があって、自分たちが作っているとはいえども、ガスールを工場から持ち出すには色々手続きが必要なため。もちろんモロッコならば市場でも安価にガスールが入手できますが、自分たちが作るガスールの質を思えば、それは満足がいく使い心地ではありません。そこへ私物のガスール(しかも自分たちが丹精した)を長期滞在のために数キロ持ってきているのを知っているからです。

そして、アルガンソープです。
最近はモロッコでもアルガンオイル入りの石鹸類は数多くありますが、彼らは私たちeavamのものづくりの仕方も、どれだけ上質なアルガンオイルがたっぷり入っているかも、その素敵な使い心地も知っています。加えて彼らのお母さんや姉妹たちがこの石鹸の大ファンという、つまり美容には一家言あるモロッコの女性たちのお墨付きでもあります。ゆえにモロッコがアルガンオイルの故郷だとしても、これだけのアルガンソープが私の旅行鞄の中にしか無いことを知っているのです。
というわけで、ガスールとアルガンの本場、それこそメッカかつその中心たる神殿とも言えそうな場所で、チェンマイ経由で遠路はるばる故郷マラケシュへやってきたガスールと、素材の良さをさらに魅力的に磨いたアルガンソープが東洋人の私からベルベル人の彼らへ手渡されるという、ちょっと楽しい逆転が起きるのでした。
こんな逆転が楽しく思えるのは、マラケシュからはこの上ない質の素材を作って送り、それを受け取ったチェンマイでは、手の仕事によって、その素材にふさわしい美しい質と形とを作り出すという、物を介して良い物を作ろうとする気持ちが往来しているからでしょう。
いずれにせよ、強い陽射し、熱気、乾燥、皮脂や汗、皮膚感覚を憂鬱にするものが多い中で、私たちのガスールやアルガンソープは肌を心地よく清潔に整え、ハリを与えることは、これらの素材が生まれた国でもお墨付きです。少し前までは忘れかけられ、ちょっと怪しい土産物や古臭いものと思われていたガスールやアルガンオイルが、こうしてリアルに再発見される一助になれたのは嬉しいことでもあります。

ガスールとアルガンの故郷・モロッコはいよいよ夏、そしてチェンマイは乾きは癒えたものの、陽射しが湿気のべたつきが肌を刺激する悩ましい雨季。
うっかり日焼けをして肌が少しひりつく時には、ガスールパックで冷やしながら鎮静、肌に明るさやハリが欲しい時にはアルガンソープでの洗顔がおすすめです。
また、ガスールは匂いを吸着する働きがとても強いので、ボディソープとして使うとデオドラント効果も抜群です。
さらに、シャワーを浴びられない時や外出先などで、薄めたガスール水(コップ一杯の水にガスールタブレットを1欠け:ティースプーン1杯程度の量です)でコットンやハンドタオルなどを濡らし、耳の裏や首筋、うなじ、腕など汗がべたつくところを拭うと、アフターサンケアを兼ねたリフレッシュナーとして肌に爽やかさを取り戻せます。
肌を爽やかに保ちたい季節、 ガスール(midelt 102アルガンソープ(sumimou 102がきっと役立つはずです。

写真:
上:チョコレートのように美味しそうなガスールの原石。中央のロウのような光沢があるものが掘ったばかりのものですが、このままでは水に溶けません。これを天日に晒し、乾燥させると左下の原石のように層状に割れはじめ、このようになって初めて水に溶けるようになります。

中:マラケシュのガスール工場で溶かしたガスールをポンプでフィルターの上に流して濾過するスタッフ。
濾過したココアのようなガスール原液はしばらくおくと水とガスールに分離してきます。そこで上澄みを減らして濃度があがった原液をテラスへポンプでくみ上げ、少量ずつテラスへ流していきます。以前は全行程を手作業で行っていましたが、原料はいずれもクレイと水という重いものなので、くみ上げにはスタッフへの負荷を軽減するためにポンプを採用したそうです。とはいえ、テラスに液を流すには 経験が必要で、限られた熟練スタッフのみが手作業で行います。ポンプはステンレス製です。

下:屋上テラスで、北アフリカの古都マラケシュの強い太陽と熱い風を受けて乾きはじめたガスール。チョコレートのかけらのようなチャーミングさと荒々しさがある形は、厳しい自然が作り出したものです。

(花岡安佐枝)