2016年5月30日月曜日

ガスールの季節がやってくる  summer, ghassoul, morocco

ぱらりと本のページが新しく開かれたように、今年の雨季が始まったチェンマイ。
地上のすべてが花や土の香りを含んだ柔らかな湿度と涼しさ、澄んだ空気にたゆたうような心地をうっとり味わっています。
それにしてもここに至る数週間は、連日最高気温が40度を超える思い出すのも辛い毎日でした。
湿地の泥もひび割れる乾きのために、ある時期から蚊がいなくなってしまったのに思い出したのは、以前モロッコのマラケシュで真夏に仕事をしていた時の40度を超える昼下がりのことです。

そんなマラケシュの暑い午後は、人は分厚い土壁に漆喰の壁がひんやりとした薄暗い部屋の奥で、午睡の中で暑さをやり過ごし、猫や犬や家畜たち、人の近くにいる動物たちはオリーブの木陰で眠りますが、それだけではありません。鳥たちも鳴くのをやめて木陰に隠れ、ハエや小虫も飛ぶのをやめるほど。おかげで外は生きるものの気配が消えて恐ろしく森閑とし、ただ太陽だけが明るく空気が発熱する沈黙の午後がやってくるのです。
かつて、ベルベル人が都を築いだスペインのアンダルシア地方の詩人、ガルシア・ロルカが書いた詩『角突と死』で繰り返される、午後の5時の情景の中の ガラスとニッケルの光ばらまいた酸化物の午後です。(スペインの昼間の時間帯は緯度の違いから日本より2時間くらい後の感じです)

実は、チェンマイの夏(2~4月)とマラケシュの夏(68月)はいずれも内陸の盆地であり、サバナ気候の乾いてとても暑くなる感じはよく似ているのですが、マラケシュのあの暑気と沈黙の午後をチェンマイで体験するのは初めてのことでした。
本来チェンマイでは最高気温が36度に届くのも珍しいこと。以前私たちの会社が始まったばかりのエアコンもない、古いチークのタイ式の家で仕事をしていた頃には、3時までに気温が36度に届いた日は午後の休憩時間を15分から30分に延長するという、牧歌的な就労規則があったほどです。そんな日に限って行商のアイスクリーム屋さんが庭にやってくるので、私たちは甘くて冷たいお菓子を食べながら、ラムヤイやマンゴーの木陰でいつもより長い休憩時間をのんびりするのが常でした。

今は建物はコンクリートになり、スタッフの人数もお客様からの注文も増えたため、やむなくエアコンの導入も何年か前から行い、アイスクリームの差し入れはあっても、休憩時間の延長もなくなりましたが、それにしても今年の連日の40度越えは、室内の気温が下がらず、就労環境としても石鹸やバームの製造条件としてもあれこれ工夫が必要な、大変悩ましい日々でありました。
この焼けるような毎日のある日、チェンマイにもあの ”生き物たち全てが息を潜め、庭が沈黙する午後” がやってきて、マラケシュのあの午後を思い出し、彼の地はまさに私たちがなんとかしのいだ暑い季節がまさしくやってくる頃、その炎天下の中ガスール作りの最盛期が始まることを改めて思ったのです。

それにしてもモロッコでは、わざわざそんな酷暑になぜガスール作りをするかといえば、その気候が上質なガスールを効率よく作ってくれるからです。

その理由をいくつか挙げるならば・・
*そのままでは水に溶けないガスールの原石は、天日干しをすることで自然に細かく砕け、原石の中に水が入り込む隙間が大きくでき、それで初めて水に溶けるようになるから。さらに、天日干しも寒暖差の激しい夏の方が効率が良いから。
(固形のガスールを作るには、まず原石を水に溶かした液を作り、ろ過し、原石の中に含まれる硅素の結晶などを取り除かなくてはなりません)

*吸水性が高くなめらかに溶ける固形ガスールを作るには、できるだけ早く溶かしたガスールを乾燥させなくてはならないから。
早く乾燥することで、固形の中に沢山の小さな空洞ができ、ガスールの高い吸水性をさらに活かせるようになるため。
(気温が下がってきた時に作った固形ガスールはゆっくりと乾燥するので、中の密度が詰まり、水の吸収がゆっくりで、なめらかな手触りになるのに時間を要します)

こうした原石や原液の乾燥のためには、時には80度以上まで熱くなる石のテラスや、暑い風、強い日光が3つながらに欠かせないのです。強烈な自然の力を借りるためとはいえ、また、年々積み重ねてきた知恵をもとに製造の設備が効率化されているとはいえ、暑い季節に大変な作業をたゆまず続ける、モロッコのガスール作りに携わる人々の尽力には、感謝するよりないと改めて感じます。

「アシア(モロッコでの私の呼び名で、ガスール鉱山の採掘会社で働く女性がつけてくれた)、君が持っているガスールをちょっと分けてくれないか?」
「いいよ?」
「ついでにアルガンソープもあると嬉しいなぁ。母さんや妹たちが好きなんだ。肌が柔らかくなるそうだよ」

マラケシュで仕事をしていた頃、ガスール工場のスタッフのお兄さんたちの帰宅際によくした会話です。

ガスールを作るプロたちが、なぜチェンマイからきている私から、わざわざガスールとアルガンソープをもらうのかといえば、製造現場には当然ながら在庫管理があって、自分たちが作っているとはいえども、ガスールを工場から持ち出すには色々手続きが必要なため。もちろんモロッコならば市場でも安価にガスールが入手できますが、自分たちが作るガスールの質を思えば、それは満足がいく使い心地ではありません。そこへ私物のガスール(しかも自分たちが丹精した)を長期滞在のために数キロ持ってきているのを知っているからです。

そして、アルガンソープです。
最近はモロッコでもアルガンオイル入りの石鹸類は数多くありますが、彼らは私たちeavamのものづくりの仕方も、どれだけ上質なアルガンオイルがたっぷり入っているかも、その素敵な使い心地も知っています。加えて彼らのお母さんや姉妹たちがこの石鹸の大ファンという、つまり美容には一家言あるモロッコの女性たちのお墨付きでもあります。ゆえにモロッコがアルガンオイルの故郷だとしても、これだけのアルガンソープが私の旅行鞄の中にしか無いことを知っているのです。
というわけで、ガスールとアルガンの本場、それこそメッカかつその中心たる神殿とも言えそうな場所で、チェンマイ経由で遠路はるばる故郷マラケシュへやってきたガスールと、素材の良さをさらに魅力的に磨いたアルガンソープが東洋人の私からベルベル人の彼らへ手渡されるという、ちょっと楽しい逆転が起きるのでした。
こんな逆転が楽しく思えるのは、マラケシュからはこの上ない質の素材を作って送り、それを受け取ったチェンマイでは、手の仕事によって、その素材にふさわしい美しい質と形とを作り出すという、物を介して良い物を作ろうとする気持ちが往来しているからでしょう。
いずれにせよ、強い陽射し、熱気、乾燥、皮脂や汗、皮膚感覚を憂鬱にするものが多い中で、私たちのガスールやアルガンソープは肌を心地よく清潔に整え、ハリを与えることは、これらの素材が生まれた国でもお墨付きです。少し前までは忘れかけられ、ちょっと怪しい土産物や古臭いものと思われていたガスールやアルガンオイルが、こうしてリアルに再発見される一助になれたのは嬉しいことでもあります。

ガスールとアルガンの故郷・モロッコはいよいよ夏、そしてチェンマイは乾きは癒えたものの、陽射しが湿気のべたつきが肌を刺激する悩ましい雨季。
うっかり日焼けをして肌が少しひりつく時には、ガスールパックで冷やしながら鎮静、肌に明るさやハリが欲しい時にはアルガンソープでの洗顔がおすすめです。
また、ガスールは匂いを吸着する働きがとても強いので、ボディソープとして使うとデオドラント効果も抜群です。
さらに、シャワーを浴びられない時や外出先などで、薄めたガスール水(コップ一杯の水にガスールタブレットを1欠け:ティースプーン1杯程度の量です)でコットンやハンドタオルなどを濡らし、耳の裏や首筋、うなじ、腕など汗がべたつくところを拭うと、アフターサンケアを兼ねたリフレッシュナーとして肌に爽やかさを取り戻せます。
肌を爽やかに保ちたい季節、 ガスール(midelt 102アルガンソープ(sumimou 102がきっと役立つはずです。

写真:
上:チョコレートのように美味しそうなガスールの原石。中央のロウのような光沢があるものが掘ったばかりのものですが、このままでは水に溶けません。これを天日に晒し、乾燥させると左下の原石のように層状に割れはじめ、このようになって初めて水に溶けるようになります。

中:マラケシュのガスール工場で溶かしたガスールをポンプでフィルターの上に流して濾過するスタッフ。
濾過したココアのようなガスール原液はしばらくおくと水とガスールに分離してきます。そこで上澄みを減らして濃度があがった原液をテラスへポンプでくみ上げ、少量ずつテラスへ流していきます。以前は全行程を手作業で行っていましたが、原料はいずれもクレイと水という重いものなので、くみ上げにはスタッフへの負荷を軽減するためにポンプを採用したそうです。とはいえ、テラスに液を流すには 経験が必要で、限られた熟練スタッフのみが手作業で行います。ポンプはステンレス製です。

下:屋上テラスで、北アフリカの古都マラケシュの強い太陽と熱い風を受けて乾きはじめたガスール。チョコレートのかけらのようなチャーミングさと荒々しさがある形は、厳しい自然が作り出したものです。

(花岡安佐枝)

2016年5月24日火曜日

雨季の始まりとホームスパ  at the change of rainy season

今年のタイは数十年に一度という未曾有の大干ばつでした(過去形で書いていますが、まだ解消されたわけではありません)。
さいわいにも、私たちの会社に掘られた深い井戸の水脈は枯れることなく、飲料水のデリバリーや市内での水道水の供給は普段どおりと、私たちは比較的普段と変わらず日々を過ごしていますが、普段は疎ましい蚊も、増える水たまりを無くして居なくなってしまいました。
そしてチェンマイ郊外はとても深刻です。工場団地や病院での水不足が慢性化し、家庭でも断水が度々あります。北タイ特産の果物ラムヤイの果樹園でも給水がままならず、木が立ち枯れる地域が増えています。報道では貯水ダムの水量が10%を切ってしまったこと、山中の有名な滝や農業用水の供給元の大きな河が干上がっていることなどを連日伝えています。

かくも空気も地面も乾ききってしまうと、行き所を失った地上の熱でさらに乾燥が進む悪循環が起きるのか、この数週間は最高気温は40度を超え、夜になっても30度を下回らない日が続きました。そんな中では、人は日中は天頂にある太陽のまばゆさから逃げるように、少しでも涼しい場所や空調を効かせた室内で暑気をやり過ごすよりありません。
タイは北回帰線より南側にあるので、太陽が頭の真上にくる日が2回あり、今はまさにその最初のピークの前後でもあります。
この2つの日の間は自分よりも北側に太陽があり、南に短い自分の影が見られるので、例年ならば、多少暑くても北回帰線の外で生まれた身にはちょっぴり不思議な方向感覚のブレを楽しめるのですが、今年はこの天体の運行や自然現象に眼差しを向ける気持ちさえ、暑さに薄れそうになってしまいます。

しかしこの天体の運行や地球を覆う大気の流れの変化、それによる季節の移ろいは偉大です。
2年にわたる乾きと暑さをもたらしたスーパーエルニーニョやインド洋のダイポール現象は、自然の摂理の恐ろしい非情の面を見せましたが、今週に入ると厳しさの中にも優しい慈しみの顔を今度は表してくれたようです。あたかも欠けていた月が少しずつ豊かなな輝きの面を膨らませていくように。
というのは、強烈な嵐「パユッ」が頻繁に来るようになったのです。
この嵐の連打のために家の屋根を吹き飛ばされたスタッフさえ数名いるのですが、ほとんどの家は農業も営んでいますから、皆んなほんの数分でも降る雨は嬉しいのです。風が吹くと「雨が降るかしら」「雨降れ!」そんなつぶやきが業務中にも聞こえ、朝の挨拶は「お家の周りは雨は降った?」でしたから。

実際このかすかなお湿りでも効果は甚大で、わずかな水を上手に活かしジャスミン畑や生垣、ラムヤイの木を守りおおせた庭師のバーンさんの厳しい顔もほぐれましたし、木陰や家の冷たい床下の土に穴を掘り、そこにお腹をあてがって酷暑をしのぐため、朝しか顔を見せてくれなかった番犬兄妹は、ひっきりなしに事務室まで笑いながらおやつをねだりにくるようになりました。
何より驚くのは、こんなに外は賑やかだったのか? 香り高かったか? と思うほど、花の色や香りは鮮烈になり、その中を鳥たちが鳴き交わし、虫たちも忙しく飛んで、あたりに小さな生命の存在が満ちはじめていること。
乾いて封印されていた恋情や生命が一気に解き放たれて、艶かしいことこの上なく、人にも伝染しそうなほどになったことでしょうか。

さて、そんな嵐が来始めた水曜日、ちょっとした「事件」が起きました。
午後、ジャックさんが目を泣き腫らしてやってきました。
聞けば、終業後マンゴーを取ろうとして樹下のロッカー室の屋根に穴を開けてしまったスタッフたちがいたとのこと。しかしそれを報告しなかったために、ロッカー室に雨漏りがしてしまった。そのこと自体は本当は笑い話にだってできる大したことではない。なのに自分がこうも悲しいのは、それを言ってくれなかったこと。年上が年下を口止めをするようなことさえあったこと。それを当人たちと話し合ったところ、1名を除いては理解してくれたが、一番の年長さんがなかなか受け入れてくれなかったからだ。
年上のスタッフたちは、いつか自分たちがここを去る時を思い、後輩たちがよりよいリーダーになるよう育てなければならない立場なのに、なんということか。自分の言葉は仲間たちに通じないのか? と言うのです。
それを話すうちにも、彼女はその時のことを思い出し、また自責の念から涙をぽろぽろこぼしてしまいます。

とはいえ、くだんの年長さんの立場で思うと、自分より年下のリーダーにどこか素直になれない事もあるでしょう。仕事の落ち度でもなく、終業後の遊びの中の小さなアクシデントと気楽に考えてしまったのかもしれません。嵐のおかげで少し気温も下がって心がうきうきしたのかもしれません。
一方、ジャックさんの立場でみれば、スタッフの大切な私物を保管するロッカー室によい環境を保つことは切実。さらに年上のスタッフの背中を常に後輩たちが見ていることを思えば、確かに年長さんの行動はいささか軽率だったことは否めません。
また、アクシデントの後、庭師のバーンさんに「ごめん! 屋根が少し壊れちゃったのよ~」と即座に伝えていれば、(我が社のマンゴーの美味しさは誰もが知っていますから)食い気のあまりの笑い話で終わらせることもできたのは確かです。
ジャックさんの責任感と少女のような純な気持ちを愛おしく思いつつ、誇り高くそれ故ちょっと素直になれないところがある年長さんの胸の内も私は少し苦く切なく思い浮かべていました。

ひとしきり話しを聞き、日々のジャックさんの新人スタッフへの教育の尽力がいかに素晴らしく、誰もが彼女をどれだけ頼りにし、愛しているかを思い出させたり、年長さんのちょっと複雑で不器用な胸の中を一緒に想像してみたりしていると、ジャックさんの涙は明るいものになり、最後にはすっかりいつもの柔和で晴れやかな表情が戻ってきました。
ジャックさんの相談の通訳についてきてくれた日本人スタッフも、普段は現場でジャックさんと行動を共にすることも多く、通訳という立場を越えてすっかりジャックさんの気持ちを受けて、泣いたり笑ったり、最後は抱き合ったり、それを見ているこちらまで心が柔らかく洗われるような気持ちになったのでした。

どんな事件も、次のより良い一歩の力に変えるジャックさんの明るさ、素直さ、そして解決の具体的な方法を考え実行する力には舌を巻くのですが、この時私が一番驚いたのは、
ジャックさんが
「私が年をとって働けなくなってここを去った後でも、ここがずっと誰もが気持ち良く働ける良い会社であり続けるように」
と言ったことでした。

まだ30代のジャックさんが、そんな先のことまで考えながら現場をまとめていること、そしてこれからも長くここで働いて行こうと決心していることに、私は、この人はいつそんな大きな心と遠い眼差しを獲得してきたのだろうか? と、その成長と心の深化、そんな人と十余年一緒に仕事をしてこられたことに感謝するよりなかったのです。

ジャックさんが大泣きした翌日、チェンマイは雨季の兆候が明らかとなり、肌を刺すような暑気は去って、甘く感じる湿度を含んだ風が時折吹き、暑さに乾き固まっていた心も体もほとびるような心地よい日になりました。
午後には気持ちの良いスコールも降って、タイの大衆新聞「タイ・ラット」オンライン版の天気予報では、北タイは今日より雨季入りしたと報じていました。折しも満月でワン・ヴィサカーブチャー、仏様の誕生日であり、天なる甘き露が降ったというタイではおめでたい日の前日。
あまりに符牒が合いすぎて、なんだかまるで、ジャックさんの柔らかな心と涙が、乾いたチェンマイに雨の季節を呼び寄せたかのようでした。

さて、暑さに乾いた心や体を慰撫する雨季ですが、これからタイは気温がぐっと下がって、暑気の疲れがどっと出て体調を崩す人もいますし、紫外線や熱による肌のダメージが現れる人も少なくありません。心地よい季節の始まりですが、身体や肌のケアが肝心な時期でもあります。
そんな時には、アルガンバームを使ったリンパマッサージで身体を温めながらほぐすのが一番です。
また、アルガンバームはマルチクリームですから、ガスールのクレイパックで過敏になった肌を冷やし落ち着けた後、頬や目元の日焼けのダメージによる乾燥やシミが気になる部分に薄くなじませるのもおすすめです。

ガスールは、全身洗浄に使えばデオドラント効果もありますし、湿気や皮脂による肌のベタつきも軽減し、リフレッシュしてくれます。重曹とガスールを入れたお風呂で身体に溜まった熱をほどよくリフレッシュするのも心地よさそうです。
雨季の始まり、アフターサンケアにぴったりなガスールとアルガンバームが入っているkamakura setが手元にあると、この季節の万事がデリケートな変わり目も、肌と心をリフレッシュするホームスパが楽しい時分となるのではないでしょうか。

写真は、会社の庭で採れたマンゴー。こちらでは若い青いマンゴーも好まれます。ほの甘く上品な酸味と松葉に似た香りは爽やかで、塩と砂糖と唐辛子を混ぜた薄紅色のパウダーをまぶして食べるのが定番です。(花岡安佐枝)

2016年5月10日火曜日

お母さんとアルガンバーム   argan balm as stretch mark balm

先週の日曜日は母の日で、SNSなどもお母さんにまつわるエピソードや写真であふれかえりました。
タイは母系社会の名残が残る国で、お母さんへの敬慕にはただならぬものがあって妻より母の肩を持ってしまったり、甘えがちな男性の気性を表す「キットゥン・メー(お母さんが恋しい)」という慣用句があるほどです。
そんな優しく頼り甲斐がある母親像が生まれる背景のひとつとして、女性が仕事に就くことはごく当たり前のことなのもあるようです。警察などのようにほぼ男性ばかりの世界もありますが、市場で仕事をしているのはほとんどが女性ですし、銀行や役所のようなお堅い場所でも女性の数はとても多く、トップが女性なのもよくあること。タイに来て間もない頃、空港の出入国手続きの窓口の女性が子供の面倒を見ながら仕事をしているのに驚きつつ、受付ゲートつまりタイ国とその外の境界を3歳くらいの小さな子が「メー!(おかあさん!)」と叫びながら往復している様子にくすくす笑ってしまったこともあります。
最近でこそ託児所も増えてきていますが、子供同伴の出勤もままあることで、それに眉をひそめる人などおらず、むしろ皆んなで子供を世話しているような素敵な雰囲気です。

特にeavamのあるチェンマイ、つまり北タイはそんな文化が未だ色濃い地域ですが、象徴的なのは今でも家の跡取りは末娘なことでしょうか。
それは大家族が当たり前だった頃、兄弟でも年上と歳下では親子ほども年齢が違ってしまい、一族が代替わりする頃には 、それまで一家を支えてきた年上の兄弟たちも相応に高齢になっているため、まだ若くて気力体力とも充実した末の子が家長の役を担うのだといいます。
それを教えてくれたのは、製造リーダーのジャックさんですが、聞けば案の定というべきか、彼女も末っ子でした。
ジャックさんの取る有給の理由は大抵「家の用事」で、それはお父さんの通院や、他の家族の悩み事などの相談や問題解決に役所に出かけるためだったりするのですが、そういうことだったのです。

「そうか、それでジャックさんはみんなに気配りできて、家族のように大切にできるのね!」
と感嘆すると、
「あら、メーオさんも、ラーさんもそうだし、xxちゃんも末っ子よ。そうそう、あの子も、あの子もそうよ。うふふ。」
と、はにかみの中にそっと誇らしさもにじませて、もちろん例外もあるけれど、実は我が社は末っ娘率がとても高いのだと教えてくれました。
ジャックさんは、スタッフ入社の時は必ず書類審査も面接を自ら行いますが、この結果(末っ子率の高さ)は決して意図したのではなく、優しさと機転と寛容、しなやかな胆力を持つ人を選んでいたら。。というのが真相のようです。立場が人を育てるという好例かもしれません。

さて、そんな頼もしく暖かい妹の力に満ち溢れる我が社ですが、もう一つ特徴があるとしたら、いつも未来のお母さんが2人くらいはいる事です。
開業当初は、おめでたの話を聞くたびに、その人が出産後も仕事を続けてくれるかどうか、不在中の業務のやりくりや人件費の事で、ジャックさんも私もおもわず不安になったものですが、今では家族が増える事は当然・良きこととして支援できる就労規則やチーム構成もでき、ほとんどの人が復職し、復職するとなぜかチームの要になることも多く、おめでたと聞けば誰ともなく「また家族が増えたね! 子供たちのために頑張ろう!」と笑いが溢れ、幸せな気分がやってくるようになりました。
産休に入ったスタッフがいれば、経過見舞いや出産祝いに昼休みに一同出かけるのも社内行事になりましたし、こうして生まれた赤ちゃんが会社に来れば、社内の 空気は柔らかくほころびながら意気は上がります。
そのおかげか、あそこに正式採用されれば、安心して産休・育休も取れる、子育てもできると近隣では噂されるという嬉しい話も時々耳に入ります。
そして、それとともにもうひとつ社内でひっそり流行し、定着したものがあります。
アルガンバームで妊娠線予防のマッサージをすることです。

まだ会社ができて間もなくて日々はのんびりとしており、空いた時間には社内全員で原材料について勉強などができた頃のこと。
血行を良くするビタミンEが多く含まれるアルガンオイルは、モロッコでは伝統的にリューマチや筋肉痛を和らげたり、妊娠線を予防したり薄くするために用いられると、ラバト大学の先生に聞いた とスタッフ達に話したのです。
すると、それまで神妙に頷きつつ話を聞いたりメモをしていた誰もが顔を見合わせでざわざわと色めきたちました。
「あれ?? どうしたの?」
そのざわつきにちょっと私は驚いてしまいました。

「アサエさん! あたしら、それを早く知りたかったわ~! もう!」
と、姐さん格のエージョーさんたちが大げさな身振りでいいます。
「?」
「だぁってねぇ・・」
「??」
「ほぉら! 見てごらん!」
「うひゃっ!」
エージョーさんはTシャツを捲り上げで、お腹をばっ! と見せたのです。
ついで、スタッフの中でも陽気ないたずらものの何人かもお腹を見せるではありませんか。
なかには普段は、冗談話にも加わらず澄まし顏の若手まで加わっていて、そのコントのような様子にもう誰もが大笑いです。

「ほら見て、私ら何人も産んだでしょ? だからお腹周りには悩みが多いのよ?」

その頃、女所帯ならではの、解放されすぎてしまった女子校状態の雰囲気にまだ馴染めていなかった私の目の前に、並んだお母さんらしい柔らかなお腹、お腹、お腹・・。
なるほど大いなる母性を感じる少々ふくよかなお腹には、ぱっと見にも目立つ妊娠線が残っている人もいます、妊娠中や出産の時の言葉にならない大変さや苦労(もちろん、幸福もですが)は、想像に難くありませんでした。
「今からでも間に合うかしらねぇ?」
「傷跡などにも良いって、先生からは聞いたけれど・・」
「それはいいわね! がんばるわ!」
弾けすぎたおふざけもさらりとこなす、さばけた肝っ玉母さんも、それは一面。髪に 香りの良い花を飾ったり、晴れの日にはお洒落バッチリ決める優雅な一面も持っています。ふざけてみてもやっぱり気になっていたのでしょう。

そんな大騒ぎもすっかり忘れて1年ほど経った頃でしょうか。
ジャックさんが、スタッフの一人を連れてきました。
「ねえ、みせちゃったら?!」
不良少女のような、ぞんざいな口調でニヤニヤとちょっと悪い顔でいいます。
「それじゃあ・・」
連れてこられたスタッフもいたずらそうに、にやり。
「ほらねっ!」
ぱっと真っ白なTシャツが一瞬捲り上げられ、白い肌が見えたと思うと隠れてしまいました。
「彼女、お腹が大きくなり始めてから、毎日アルガンバームやオイルでマッサージしたんですって」
「クリーム製造で余ったのを塗っていたら、妊娠線、ほとんど出なかったんです。産んだ後もマッサージがんばったの!」
白いお腹の主も、くだんの大騒ぎの後、産休に入った一人でした。

固まる私を尻目にジャックさんが自分のことのように自慢げに語るには、あのアルガンオイルのモロッコでの話の後、社内ではクリーム製造時に出る、計量ボウルや湯煎鍋、撹拌棒に残った製品にならないクリームやオイルの残りの分配を手にするバトルは大変だったのだそうです。
普段から石鹸の削りくずなどの製造時に出る製品にならない分は、私たちは社内清掃などにまず使い、それでも余る分をスタッフ全員で分け合ってどの原料も無駄なく使いきりますが、貴重なアルガンオイルと蜜蝋だけで作るアルガンバームについては、もともと全員に足りるよう分け合う余裕がありません。それが、密かな女の競い合いの火種になったのです。

ともあれ、ベテラン母さんも新米母さんもシャワーのあとは、念入りなマッサージタイムとなり、それなりの人数がきちんと継続して相応に満足できる結果を得られ、なかには好みのハーブやオイルをさらに加えるレシピを編み出した人までいたのだとか。
新たにお母さんになった人の白いハスの蕾のような、丸く滑らかなお腹にドキリとしながらも、流石は身近にハーバリズムや、マッサージの伝統を脈々と受け継ぐ北タイの女性達よ。生活の知恵を仕事に反映させる機転がこんなところにも生きているのだと、私は改めて尊敬の念を深くしたのでしました。

スタッフの人数も増え、子育てがひと段落して先輩としての責任を負い、さすがに若気の至りや勢いでTシャツをまくりあげるわけにもいかなくなった人も増えてきたこの頃ですが、代わりに、今でもおめでたを迎えたスタッフには「ウチのバームは良いのよ、ちゃあんとマッサージしなさいよ! 後悔先に立たずよ!」と姐さんたちは、職人として、お母さんとして、未来のお母さんにささやくのだとか。

タイのお正月、ソンクラーンが明けて2日目、実質的な始業となった今日、朝礼で大きなTシャツのようなワンピースを着て、丸いお腹をちょっと苦しそうに、そして大切に抱いて座っている二人のスタッフの横顔を見ながら、ふと「Tシャツ事件」を思い出し、もう彼女らにも姐さんたちは我が社のバームを使った妊娠線対策の秘伝を授けたのかな? せっかくだからお祝い金のほかに、会社からアルガンバームもプレゼントするのはどうだろう?などと考えたのでした。
もし彼女たちの知恵を日本で応用するならば、マンダリンやネロリ、カモミールなど、妊婦さんにも優しい精油を少しだけ混ぜてみるのも良いかもしれません。

また、来年の母の日のプレゼントや、出産祝いにアルガンバームはいかがでしょうか。アルガンバームはマルチクリームですから、フェイス用に使えばアンチエイジングクリームとしても抜群ですし、肘や踵のざらつきを抑えるボディクリームとしてもとても優秀ですし、シンプルなレシピと優しい使い心地は赤ちゃんのあれ止めにもぴったりです。
ちなみに、タイの母の日はシリキット王妃の誕生日にちなんで8月12日で祝日です。その前日には、学校でお母さんに感謝を捧げるセレモニーがあり、学校に通う子を持つスタッフたちはちょっと誇らしそうに有給を取る日でもあります。

写真は、もうじきお母さんになるスタッフのひとり。手先がとても器用で真面目な彼女は入社間もない頃から実力を発揮、eavamの顔の一つでもある手漉き紙のトゥアナオ包みが実現したのも、彼女の技量のおかげです。来週から産休入りするため(とはいえ、今から復帰の意欲満々)、不在中に備えて後輩にその技術を伝授中です。(花岡安佐枝)

*eavamのバームは、トライアルセットの「kamakura set」(http://eavam.com/cream/kamakurasetb.htmlでお試しいただけます。近日中に単体製品として「ラベンダーアルガンバーム」もデビューする予定です。