2013年6月27日木曜日

蜜蜂の国  Tropical honey bees

東南アジアにはとても多くの種類の蜜蜂が居るのをご存知でしょうか?
もちろん、山に囲まれたチェンマイもです。

例えばネパールで仕事をしている時に、ビーワックスクリームの原料(ミツロウ)を採る際にお世話になったオオミツバチ(Apis Dorsata)などは、日本ではなかなか目にする機会のない蜂です。しかし、こちらではむしろ身近に、あたかも養蜂で飼われている西洋ミツバチのように”普通”に存在しており、その美しくも巨大な姿を気軽に人前に現します(体長は3センチ程、西洋蜜蜂の胴体を倍に伸ばしたようなスマートな感じの形をしています)。
時にはカムティアン植木市場の睡蓮の花に、家の庭のシルクジャスミンの花に。また、線路沿いや運河沿いの大きなコットンツリーの木の枝に直径50センチはありそうな半月形の焦げ茶色の巣がだらりと下がっているのも、このあたりではよくある、でもとてもゴージャスな光景です(巣が焦げ茶に見えるのは蜂がびっしり集まっているためです。そしてよく見ると蠢いています)。

なかでも最も壮観なのは、ラムヤイやリンチーの花の季節です。
小さな象牙色の蝋細工のような花が房になって咲き、シナモンのような甘さと少し渋いようなスパイシーな感じの、とろりとした金色を感じさせる香りの帯があたりにたなびき始めると、ラムヤイやリンチーは歌う木になります。声の主は蜜蜂たち。花に蜂が鈴なりになって、その無数の蜂たちの羽音が重なって共鳴し、なんとも心地よい振動音を響かせるためです。
そんな時、人の声ならばテノールのような、高からず低からずの優美な良くとおる音色を奏でる主役級の存在がオオミツバチなのです。
スマートな姿と心地よい羽音に、花に集まっている姿を見るとつい目で追ってしまうのはオオミツバチですが、他にも小さな面白い種類の蜜蜂もいます。ようやく最近になって、こうした小さな(そして面白い)蜂たちにも、とても興味が湧いています。

例えば、写真の奇妙なカラメルのパイプみたいなものは「ハリナシミツバチ」の巣です。
この蜜蜂は体長1センチ程の小さな種類で、一見するとコバエかなにかに見えます。もともと性質も温厚ならば、名前のとおりお尻の針も退化していて、敵を刺して撃退する事ができません。東南アジアのみならず南米にも広く分布し、その穏やかな性質もあってか、世界の養蜂の歴史を見るとハリナシミツバチの仲間の方が歴史も長く、養蜂が行われた地域も広く、アミノ酸やミネラルもより濃厚な蜜がとれるのだそうです。
ちなみに気が優しい事を甘く見てあまりに粗略に扱うと、稀に噛み付くことがあり、牙には毒もあるので、これはやはりものすごく痛いのだとか……。小さくて争いを好まない相手だからといって、やはり尊重の念を忘れてはなりません。
この蜂も工場の庭で、ラムヤイとリンチーの花の季節に良く見かけます。羽音は小さく、殆ど聞こえないので存在感は薄いのですが、実際には随分な数が集まってきていて、午前中の涼しいうちしか来ないオオミツバチに対し、昼頃まで粘り強く蜜を集めているのが印象的です。

この写真は、スタッフたちとHIV孤児を支援する「バーンロムサイ」が運営するリゾート「ほしはなヴィレッジ」へ、アメニティのプレゼンテーションをしに出かけ、敷地内を散歩をしている時に見つけて撮影したものです。
巣の様子を良く見ようと、その出入り口へ顔を近づけんばかりに近寄った時にも、この淑やかな小さな蜜蜂は、私を囲むようにゆらっと広がって空中にホバリングして留まっただけで、巣から一族郎党が一斉に出てきて大騒ぎ……。という事も全くありませんでした。
とはいえ、小さな虫がゆらゆらと静かに空中に停止しているのは、蜘蛛がぶら下がっているようにも見えなくはなく、巣のどこか内臓的な形状と相俟って、それはそれで、どこか妖しさや畏怖は充分感じさてくれました。

こうした野生の蜜蜂たちではありませんが、私たちがつくるクリームも、ラムヤイの花に集まる西洋蜜蜂の巣から採れるミツロウを原料にしています。
機会があれば是非ご紹介したいのですが、蜜蝋を提供してくれる養蜂家のおじさんは誰もが「あの人こそ良いタイ人そのもの」というような、朗らかで優しく、勤勉な、そして良い物を作るための工夫好きな、(あまり凝りすぎたら、利益が無くなるわよ!と、締まり屋の奥さんにいつも叱られる)そして蜜蜂と一緒にいて、花の良い香りと蜂の羽音に包まれているのが大好きという素敵な人です。
確かにクリームにの名称にもなっている原料のオイルはモロッコから海を渡ってくるアルガンオイルですが、そのオイルを優しくまとめ、気持のよい滑らかさと透明感のあるクリームにするのは、甘い花の香りと多彩な蜜蜂の仲間たちの歌、素敵な生産者に培われた北タイ生まれのミツロウです。

チェンマイの蜜蜂たちの一番活発な季節は、2月半ば頃から4月下旬にかけての乾いて暑い暑季。マンゴーやラムヤイやリンチーの蜜が豊かで、香り高い花が一斉に咲き乱れる、まさに木々が歌う季節です。雨季も花は美しいですが、むしろ緑の方が茂る時期でもあり、スコールも降り、蜜蜂たちには少し厳しい季節でもあります。
そういえば、2週間ほど前、ジャックさんが養蜂家のおじさんのところへ今年収穫したミツロウを買いに出かけた際、ラムヤイの蜂蜜をおまけでいただいて来ました。「少し空き時間ができた時に、ライムとまぜてジュースを作りましょう!」と、ほくほく顔です。 
ジャックさんが買い付けに出かけたということは、蜂蜜とミツロウの収穫という、人にも蜂にもせわしない時間が終わったということです。
おじさんのところの蜜蜂たちも、花が沢山植えられたおじさんの家の庭で、雨よけの下にしつらえられた巣箱の中で、しばし雨の季節の休息の時を過ごしているのでしょう。(Asae Hanaoka)