2013年9月4日水曜日

ミニマルなアメニティ Simple and Minimal but…

チェンマイに暮らしていながら、本当にチェンマイに腰を据えたのは今年でやっと2年目。
そして永らく気になっていたHIV孤児たちを育てる施設「バーンロムサイ」が運営するリゾート「ほしはなヴィレッジ」へ出かけたのは昨年末のこと。気にかけ続けて10年目のことです。
その時にたまたま招待していただいた村と施設の子供たちのクリスマスパーティが縁で、私たちは施設での子供たちの洗顔やシャワー、衣類等の洗浄に使う石鹸とリゾートで使うアメニティを無償提供することになりました。こうして既に子供たちのための石鹸提供は始まっていましたが、昨日9月2日初めてのアメニティ納品に出かけました。
もうアメニティたちは、ちょっと澄ました顔でゲストハウスのベッドの上で、お客様が手に取ってくれる瞬間を待っている頃です。

「バーンロムサイ」で共同生活する子供たちの多くは母子感染によるHIVキャリアで、かつては死と向き合う日々を過ごしていました。今はHIV抗薬のおかげで、病気を発症せずに成長し、社会人になることもできるようになりました。
とはいえ、薬の効力を保つための服用スケジュールと内容の自己管理、日々抵抗力をつけるべく、身体を元気に保つ努力は必須のこと。それでも中には薬の副作用でアレルギーが出て悩む子も居るのだと、最初の訪問の際にスタッフの方から聞き、ならば肌に優しい素材と製法の私たちの石鹸を使ってもらっては? と思い至ったのが、すべての始まりでした。
そんな時は不思議と物事がするすると進むもので、好運にもパーティの時に、ここの主宰者である名取美和さんにその希望をお話する事ができ、快諾していただけたのでした。まるで子供たちのためのクリスマスのお祝いでしたが、私たちにも思わぬプレゼントがやってきたようでした。

それから間もなく、子供たちのために「バーンロムサイ」に石鹸を提供しました。提供したのは製品化の際に出るフレーク状のもの。
これは形状こそ製品にはできませんが、品質は製品と変わりません。しかもフレーク状の石鹸は水に溶けやすいため、私たちも社内で掃除や洗濯、手洗いに重宝しているもの。案の定、子供たちのシャワーはもちろん、家事にもぴったりでした。

最初の約束は比較的早く始められましたが、そしてもう一つの約束「バーンロムサイ」に併設されたリゾート「ほしはなヴィレッジ」に提供するアメニティは、私たちには初めての試み。特にSAL Laboratoriesのコアメンバーには冒険でした。

「ほしはなヴィレッジ」は、映画「POOL プール」の舞台となったことでも知られ、映画の穏やかな空気を体験すべく訪れる人も多いのですが、この透き通るようにきれいな水のプールは、実は施設の子供たちの免疫力づくりの設備でもあります。
とはいえ、子供たちも四六時中プールを使っているわけではなく、多くの時間はプールは無人。それでも、水を清浄に保つために浄化装置は常に働いていますし、せっかくの美しいプールをよりよく活用し、更に「バーンロムサイ」が寄付金のみに頼らず、より自立的、持続可能な運営ができるようになること、それがひいては将来、子供たちが社会人となった時の就労の場ともなりえることを視野にいれて、数名の賛同者の方たちと名取さんが作り上げたのが「ほしはなヴィレッジ」です。とてもエチカルな成り立ちのリゾートなのです。
それだけではありません。
ラムヤイやマンゴーの果樹や様々な花の木など、したたる緑に囲まれたコテージは、タイの木造建築の古材や伝統的な草葺き屋根を取り入れた、ナチュラルでシンプルなデザインです。内装やリネン類もシンプルながら選び抜かれたもの。「バーンロムサイ」でハンドメイドされたものも使われています。
(「バーンロムサイ」は、施設の自立的運営のため、また、村や山岳民族の女性たちの就労の機会を作るために、洋服などの工房も併設しています)
また、まだ全部ではないものの、無農薬の自家製野菜を料理に用いるなど、環境に調和し、配慮したオーガニックなリゾートを目指す側面も持っています。その方針を更に深めて行きたいというのも、主宰者 名取美和さんのコンセプトです。
そして「もちろん客室の洗剤やシャンプーなどもそれに相応しいものが良いのだけれど、これぞというものがなかなか見つからなくて……」。というお話を聞いたのが、私たちがアメニティ提供を思い立つきっかけになりました。

そんな、嬉しい話を会社へ持ち帰って思いついたのが、せっかくならば、SAL Laboratoriesの最初のプロジェクトにできないか? ということ。
製品化開発を、できる限りタイのスタッフたちに中心になって進めてもらい、これからの私たちの新しい「もの作りの方法」を作り上げるきっかけにもしたいとジャックさんたちと話し合いました。

それから8ヶ月間。それは普段の製造の仕事を続けながら、どこか走り続けているような少し息が急くような毎日でした。
チェンマイ郊外の織物工房へ出かけたり、バームの小さな容器を試行錯誤したり、日本の熨斗袋やお祝い包み、タイのお菓子を包むバナナの葉の折り方からラッピングのスタイルを考えたり、そうして思いついて作った、どこか幼い原型をより美しい形に洗練させたり……。SAL Laboratoriesのコアメンバーだけでなく、他の部門のスタッフたちがそれぞれの得意な能力を発揮して、すっきりとシンプルでありながら、彼女たち自身のように、どこか暖かみと柔らかさのあるアメニティセットができました。
中味は、コールドプロセス石鹸、アルガンバーム、ガスール、そしてクエン酸リンスです。これで髪も顔も身体も洗え、保湿もできます。
そしてラッピングに使った布は手織りのヘンプコットンで、水を含むと柔らかな手触りになり、シャワーの時の洗浄用タオルに、また吸湿性が高く乾きやすいためハンドタオルとして使えます。
更に、包みの上に飾られた小さな緑のバラはタイではバイ・トゥーイと呼ばれるパンダナスの葉。これはリラクゼーション効果のある青っぽさと甘く懐かしい芳香があります。部屋の消臭効果もあり、枕元に置けばスリーピングポプリともなります。これも、布の包みも美しいけれど、それだけでは味気ないと思ったところ、スタッフたちが提案してきたもの。バイトゥーイのバラはこのあたりではとてもポピュラーなもので、部屋に飾って香りを楽しむ他、時にはお湯の中に入れて煮て、目にも可愛らしいお茶にする事もあります。

このように、それぞれが小さな子供を大切に育てるように作られた、中味はもちろん外側にもチェンマイらしさがいっぱいに詰まったアメニティ。
名取さんやスタッフの方たちの子供たちを慈しむ気持や、そんな愛情に包まれ、一方で病気や親の不在という困難も携えながらも生きる事を喜び、日々を精一杯過ごす子供たちのうち震えて輝くように伸びやかさが作る、このリゾートのおおらかに澄んだ空気に似合うのではないか?
「さあ、どうぞ。こちらです」
丁寧に梱包された箱を名取さんたちの目の前に置き、メーオさんとカーンさんが、そっと蓋を開けた瞬間、あたりに漂った涼しく優しいバイ・トゥーイの香りと、箱の中に静かに、しかしどこか幸福感に満ちた表情のアメニティの布包みが現れた時、そんな気がしたのでした。

日本からは少し遠い場所ではありますが、チェンマイに来たら、是非「ほしはなヴィレッジ」で、バーンロムサイと私たちのコラボレーションに触れていただけたらと思います。(Asae Hanaoka/Jiro Ohashi)