2013年8月15日木曜日

五戒:戒めの伝達装置 temple of hell

チェンマイは女性に人気のある街。日本からの旅行者の中にも若い女性の2人組という姿をけっこう多く目にします。街の旧市街近くを流れるピン河の川沿いのレストランやギャラリー、地元の市場やタイ料理の屋台で「旅の指差し会話帳」を試みている人たちも実際に見たことがあります(これはまた、まだこちらに来て日の浅い「旅行者」とも「居住者」ともつかない自分の姿とも重なります)。彼女たちはとてもおしゃれで快活で、好奇心も旺盛にさまざまなスポットへ出かけます。

ぼくらが週末等によく利用する郊外のゲストハウスも、日本からの旅行者が多いのですが、ここでも宿泊客は圧倒的に女性が多く、気のおけない仲良し2人組でツインルームをシェアする姿もよく見ます。旅先で読んだのでしょう。宿泊したゲストが残していったさまざまな本たちが、食堂の棚の一角を埋めて自由図書館のようになっています。
今年のソンクラーン休暇で宿泊した際には、『積極的その日暮らし』落合恵子、『深夜特急』沢木耕太郎、『おひとりさまの老後』上野千鶴子といった本が並んでいました。幸田文、白州正子、森茉莉といった定番ものも文庫でありました。

そんな素敵なチェンマイですが、街の魅力は多面的です。昼があれば夜、男がいれば女、AppleがあればSAMSUNGです。先日、会社の帰り道、一度は行ってみたいと思っていたお寺へ行ってきました。
寺の名前はWat Mae KAET Noi。会社からは車で10分とかからないご近所のお寺ですが、とはいえ彼女は今まで一度も行ったことはないと言います。旅行者の旺盛な好奇心と行動力とは違い、いったん居住者となるとその行動範囲は意外と狭くなります。効率的な行動、ある種のルーティンに則った日常生活を送ります。

そのお寺はいわゆる「地獄寺」です。タイは仏教の国、国王以下、国民の9割以上が敬虔な仏教徒であり、13世紀にタイ族による国家が形成されて以降、現在に至るまでスリランカ由来の南伝仏教、いわゆる上座部仏教(小乗仏教)の教えがここでは今も生活の隅々に生きています。地獄寺は「五戒」といわれるその仏教の守るべき戒律を人々にわかりやすく伝えるための立体図解装置でもあります。「悪いことをしたら地獄に堕ちますよ」「地獄というのはこんなに恐ろしいところですよ」「だから人は善い行いをしなければいけませんよ」というという戒めの伝達装置、仏道の広報施設でもあります。

そのお寺の境内では「不殺生戒」(生き物を殺してはいけない)、「不楡盗戒」(他人のものを盗んではいけない)、「不邪淫戒」(配偶者以外と交わってはいけない)、「不妄語戒」(嘘をついてはいけない)、「不飲酒戒」(酒を飲んではいけない)という、人として守るべき人生の規範が、生々しいリアリティで展開されていました。

しかしそれは、僧によるありがたい説教や格式ある儀式、代々伝わる見事な書や歴史ある優美な仏像などによって伝えられるものではありません。全てが現役です。コンクリートで作られた亡者達の像はペンキで鮮やかに塗られており、阿鼻叫喚の地獄絵図がテーマパークのように実体化しています。亡者の目玉には電球が仕込まれ、夜になればチカチカと点滅します。
境内には建造中のコンクリート像もそのまま併置(放置)されており、その現在進行形の現役感、未完の成長感覚はモンセラットの聖母教会、もしくはサグラダ・ファミリアのようです。そしてなにより、これらを作っている人々が本当に楽しそうにやっているのが見ていても伝わります。

この壮大な地獄インスタレーションは、日中の気温40℃にも届かんとするチェンマイの中でもひときわ熱く、男性といわず女性といわず、ぜひとも訪れて頂きたいおすすめのスポットでもあります。(Jiro Ohashi)