2015年5月20日水曜日

映画館とエンドロール end credits

少し前のこと、私たちはタイでも大きなTV局であるCh3の番組「Slow Life - a beautiful day」の取材を受けました。
ネット上で公開されているこの番組の過去のコンテンツを見ても、スローライフというキーワードどおり、地方でゆっくりと丁寧な仕事をしている人たちを紹介する番組です。折しも6月にはSAL Laboratoriesとしてとても個性的な新ブランドを世に送り出すのです。こんな嬉しい申し出はなく、誰もが一も二もなく取材を受けることになりました。

インタビューはどこがいい? 製品のディスプレイはどんな風が? とミーティングやシミュレーションをしながら、「ちょっぴり怖くて恥ずかしいけれど、私たちが新しく作ったものをタイ中の人に見てもらえるなんて!なんて素敵なの!」
と、ジャックさんはいつものように綺麗なガラスの鈴を鳴らすような声で笑っていました。
スタッフたちにとって私たちがこれまで製造を請け負っている製品は、ほとんどが海外輸出用ですから、自分たちが自信を持って作るものをタイの同胞たちに、あるいはもっと近しい人たちに見てもらえることは、本当に誇らしく嬉しいことだったのです。
何度かTVや雑誌の取材を受けて段取りも心得てきているとはいえ、相変わらず沢山の注文を受けながらの中、誰もが日々綱渡りのようにして、それぞれの準備が進められ、普段よりどこか優美な表情になった工場で、撮影はとどこおりなく行われました。

さて、この番組は普段はタイの人たちが出演する番組ですが、今回は外国人が出演ということで、私たちへのインタビューの最後の問いは「タイの素晴らしいところは?」でした。
タイに来てまだ日も浅いディレクター氏は、懐かしい郊外の風景や高度成長期の日本のようなエネルギッシュな国の空気と人の気持ちを挙げました。そして私はといえば、「私たちのスタッフ」と答えました。


家庭人として家族を支える傍ら、会社でもそれぞれが深い当事者意識を持ち、しなやかな眼差しを持ち互いを助け合って長年仕事を続けている集団 は今やどこへ行っても少ないでしょう。
最初の頃こそ誰もが若く経験も浅く、まだお互いをよく知らず不安一杯で右往左往していた私たちだったけれど、きっと明日は今日より少しずつ良くすることができる、自分だからこそできることがあるのだという誇りと願いのもと、小さくて一見何気ない日々の積み重ね、人としてともに成熟してゆける稀有な時間があったこと。
その誠実な時間を共に過ごせたからこそ私も10余年、そして今もタイに居ることができ、仕事も続けてこれたこと。
教えるつもりで来たけれど、少しは教えることができたこともあったかもしれないけれど、それをはるかに上回って学ぶこと助けられることがいかに多く、その毎日がどんなに驚きの連続であったかを、感謝とともに伝えたかったのでした。

撮影が終わって数日経ち、桃子さんが外での仕事の帰りの車中でふと言いました。
「私ね、ささやかぁな夢があるんです。一度でいいから、映画のエンドロールの中に私の名前が出たらいいなぁて。それもね、出演者やなくて撮影の準備とかで駆け回ったりしてる一人として。そういやあの人なにしてはったんやろね?て周りからは思われるような存在で名前が出たらなぁ、て」
それはまだ時間のたっぷりあった、学生の頃の京都での話。街の映画館へまだ陽のあるうちに入り、3本立てを観て陽の暮れた夕方の街に出た時の、どこか現実離れした感覚が好きで、それを味わうために昼間の映画館へ通い、夕暮れ時に半ば映画の中の世界を歩くように家へ帰ったものだという話から出たものでした。


今回のTV取材でも、実際彼女は現場の段取りの調整のほか、新製品お披露目が間に合うよう、チェンマイから100キロ離れた陶器の工場(私たちの新製品の容器は陶器です)と何度も交渉し、特別に早く作って送ってもらったそれが早朝にチェンマイ市内運送屋さんへ着くと知ると、一刻も早く受け取るべく運送屋さんへバイクを走らせてもくれたり、それこそ「なにしてるんやろ?」というほどの、様々な役割をこなしてくれました。
おかげで一時は危ぶまれながらも手に入った器を使って、撮影のために誂えられた新製品の全ラインナップのプロトタイプが白い布とバナナの葉で飾ったテーブルの上に出現した時は、それまで散々試作品を見てきている私たちにも、どこか魔術的なほどに新鮮に見えました。
おそらくそれは、彼女が器を手に入れるべく奔走した時間、その器に収まった石鹸やクリーム、丁寧な包み、テーブルのしつらいなどに大勢のスタッフたちの尽力や時間が透かし見えたからに違いありません。

敷地内で一番立派なバナナの葉を選び綺麗に拭き清めた人、カメラに映っては恥ずかしいとお皿を曇りなく磨いた人、白い布を丁寧に洗った人、完璧にアイロンがけした人、それをしわ一つなくテーブルに留めた人、短い時間でクリームをこしらえた人、何度もガスールの包みを織りなおした人、普段以上に丁寧にガスールを検品した人、撮影に使った食堂の食器棚をさっぱり整理した人、あたりが明るく見えるほどに床を掃除した人。映るかどうかわからない蛍光灯や排気フードの カバー裏をピカピカにした人。。。一体どれだけの人がほんの数分、数十秒、あるいは採用されなかった場面のために本当に大勢が心を込めて手を動かしたのでしょうか? 枚挙にいとまがありません。
映ったものも映らなかなったものも、それぞれが手間をかけた気配はその場所の手触りを、陰影や空気の澄み方や人の所作として濃密に作り出していて、何一つ欠けては、それが成り立たなかったことは明らかでした。

例えば、私たちが日常的に作っているクリームでも、器にもオイルにもミツロウにも箱や包み紙にも、それぞれにひも付けられた大勢の人とそこに幾重にも物語が折り畳まれています。思えば取材やツアーのための準備でもそれは同じだったのです。
そして番組の放映やお披露目する新商品の販売がタイ国内であることは、それぞれが伝えたかったことへの答えが直接返ってくる可能性は高くなり、スタッフたちにとってはこれまで以上に腕が鳴るわ! というところでもあったのでしょう。
こうしてものの彼方に連なっていく名前の数々とそこから溢れる思いの数々は、思えばさながら秘められたエンドロールです。

桃子さんは、準備作業のほか、番組の中へもタイ語の通訳者として登場し、私たちの少し舌足らずな日本語をとても上手に補ってくれましたし、すっくとした立ち姿は映像に気持ちのよい風を起こしてくれました。名前もタイ語で番組冒頭のテロップに登場し、最後の映像にも彼女の訳してくれた私の言葉が彼女の声でかぶさり、それはSAL Laboratoriesの面々全員の言葉となったようでした。

放映された番組は、タイトルに相応しいほほんとした愛嬌ある音楽や、めまぐるしく変わる天気にカメラの露出調整が間に合わず少し荒削りな映像など、深い黒のバックに白い文字が浮かび上がる、映画特有の名残おしさが胸に満ちるえもいわれぬ風情とはかけ離れていましたが、仲間たちと素敵な情景と物語を作り、そこに名前がクレジットされるという彼女の夢は、ほんの少しだけかなったかもしれません。
とはいえ、彼女はもちろんジャックさんも製造現場もデスクワークチームも、誰もが新しいブランドであり新しい会社であるSAL Laboratoriesの準備はいよいよラストスパート中です。あと一息と思いつつ、もうしばらくは倒けつまろびつの日々です。(Asae Hanaoka)

Slow Life - a beautiful day vol. 49はこちらでご覧いただけます。